笑顔になってください

のんびり屋

後3日

『燈、ごめん! ちょっと用事あるから図書室とかで待ってて!』


 昼休みの途中で幼馴染である誠から送られたライン。

いや用事ってなんだ? 行く時は特に何も言ってないし。


 課題でも忘れてたのか。特に体調が悪そうでも無かったのに珍しい。とりあえず、返事をして、スマホを閉じる。


「燈? また、誠君?」


「そうそう。遅れるから図書室で待ってて」


「やっぱ、ラブラブだね」


「だから、ただの幼馴染だよ?」


「えー! 全然、違うよ! まじで小説みたいな関係!」


「確かに、男女の幼馴染からっていうのが王道なのは分かってるけど。違うよ」


「やっぱ、本人は鈍感なんだー! 

あー! 羨ましい!」


 いつも通りの会話。恋愛、恋愛と周りが騒ぎ出せば、いつもこうなる。

恋愛ってなんだと思うのは、私が捻くれているからなのか。

私にとって身近な恋愛は両親だ。あれを恋と、恋愛と呼ぶならしたくない。


『桐谷君って』って。

別にただのバカだけど名前の通りとっても誠実で正義感にありふれた男の子だ。

こんなことを言っても誰も理解してくれない。

だから、さっさと会話を終わらせるためにありきたりな言葉を返す。


「可愛いんだから、彼氏だってすぐできるよ。てか、時間やば。移動教室!」


 遅れて成績減点なんて、誠に文句を言える立場じゃなくなる。

しかも、家庭の状況を考えれば大学なんて国立以外あり得ない。

そりゃあ奨学金とかあるのだろうけど、借金だと思うと気が進まない。





「やっと授業終わりー」


 思わず机に額をつける。なんでこんなに疲れるんだろう。

カーディガンのせいか、熱がこもって鬱陶しい。

分かっていることだけれど、ネクタイを緩めてもこんな暑さじゃ焼け石に水だ。


 市よ、お願いだ。もっと冷房の温度を下げれるようにしてほしい。少しでも電気代を抑えようとしないでくれ。生存権関連でも冷房って問題になっているんでしょ?


 そんな通じもしない願いを思いながら、カバンに荷物を入れていく。なぜか、教室よりも涼しい図書館にさっさと行きたい。


「聞いたか! 桐山、裏にわに呼び出されたらしいぞ!」


「マジかよ」


「マジだって!」


「やばー。まあ、イケメンだしな」


 さっさと教室を出ようと壁越しに廊下で話している男子の声が聞こえる。

用事って告白なんだ。けど、誠が告白だなんて初めてじゃないか?

いつも一緒だったけど、そんなの聞いたことも、見たこともない。


 しかし、そうすれば、付き合ったら、もう一緒には無理なんだろうか?

いや、何を考えているんだ。彼女ができても友好関係が変わるわけじゃないんだ。

そうだ。お昼の会話のせいだ。少し過剰になっているだけだ。


 だから、私が今裏庭の方向に向かっていうのも、嫉妬とかじゃない。

友達として揶揄うだけ。別に普通のことだ。よくあることだ。そうだ。誠のお母さんにも実況してあげよう。きっと面白がってくれる。


 歩いて行くと、見慣れた後ろ姿が見えて、咄嗟に隠れる。多分、死角のはずだ。息を潜めればバレないだろう。そして、数分して可愛らしい女の子が来た。


 どこかでみたことあるし、同じ学年なんだろうなと思う。

女の子は私と違ってしっかりと制服を着て、艶のある綺麗な長髪の子だった。

そして、何より綺麗だった。


「あのね。桐谷くん。

桐谷くんのことが好きなの。付き合ってください!」


 顔を染めて必死そうに言葉を紡ぐ女の子。可愛いと思う。

恋する女の子は可愛いというけど、こういうことなのだろうか。


「ごめん。気持ちは嬉しいけど、俺には応えられない。

俺は今は大事な幼馴染を守らないといけないから」


 ほっと体が抜ける。緊張していたらしい。

馬鹿らしい、これこそ断って嬉しいみたいじゃないか。思わず眉間に皺がよる。


「なんで! そんなに可愛いわけじゃないし! おかしいじゃん!

別に超絶頭がいいわけじゃないし、運動ができるわけでもないし!

ずっと季節外れのカーディガンなんて羽織って。日焼け対策にしてはキモすぎだし。

そんなに鬼沢さんにこだわるの!」


 え? なんで私の名前が急に。

さっきまで可愛い表情から、目を釣り上げて涙を溜めて叫ぶ。

てか私だって、好んでカーディガン着てないし。


「あいつは大事な幼馴染だから」


「困ってるから? 桐谷くんのそういう正義感があるところ好きだよ。

でも、利用されているみたいだよ! 幼馴染だからって!」


 さらにヒートアップして、真っ赤にしながら涙をこぼしながら叫び続ける。

全身で"理不尽だ“と叫んでいる。

逆に私は青く染まっていく。


「落ち着けって」


「じゃあ、教えてよ。鬼沢さん以外で私が付き合っちゃダメな理由。

たくさんの子が、鬼沢さんとの仲の良さに諦めてる。

だけど、私は諦められないの!」


「ごめん。俺にとっては大事なんだよ。燈が」


「・・・。なら、そんな曖昧なことしないでよ」


 これ以上、女の子の言葉を聞きたくなくて思わず走る。

私のせいで、誠を縛っている? 私の大事な幼馴染を?

そんなの。そんなの。ダメじゃないか。

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