消えたがりのあなたにその声を(お試し版)
安藤栞
第1話 1969年9月 夏とつかの間の平和の終わり
大陸歴1969年。その時代を一言で表すとするならば、『静かな戦争の時代』だった。
各地に大きな傷跡を残しながら40年にもわたって続けられた『大陸統一戦争』の終結が近づき、大陸中に「あんな凄惨な戦争をこれ以上繰り返してはならない」というスローガンが掲げられ、東側最大のクルトミア帝国と西側最大のアナトミア共和国は平和の実現のために手を取り合った。戦争の引き金を引いた二国が、である。
その割を食ったのが、クルトミアとアナトミアの間に位置する小国たちだ。
『大陸統一戦争』の主戦場となったのは二国の間にあった小国であり、死んだ兵隊の中には現地で徴用されたものも多くいた。
戦争の引き金を引いたくせにほとんど被害を受けずにいた大国二つが手を取り合う中、突然の終戦協定により宙ぶらりんとなった現地軍、家族や財産を失った数多くの民は戦争を捨てることができず、入り組んだ国境周りで小競り合いを繰り広げていた。
これは他国によってもたらされた戦争という過去に取りつかれた大地で、未来を目指して戦う人々の物語の一つだ。
――――
かすかに夏の残滓が残る日差しを感じ、朔月アカネは目を覚ました。
この国では数少ない黒の髪に、黒樫の木のような茶色の瞳。
崩れかけの廃屋で眠っていたため、黒の髪も、紺色の野戦服も見事に埃まみれになっていた。
14歳の少女としては少し小柄なその体には不釣り合いな小銃を抱き枕のようにして眠っていたのだ。
かたい床の上で眠ったため、凝り固まってしまった体の筋肉を少しずつほぐしながら、思考をリフレッシュさせていく。
視界の先には、雨が降れば確実に水浸しになるであろう半壊した壁。
そういえば昨日は廃屋で夜を明かしたんだった。
「よう、アカネ。早くしないと、バスが行っちゃうよ?」
そんな寝起きの彼女に声をかけたのは、金髪碧眼の少女だった。身長は年齢差を考慮してもアカネよりかなり高い。
「……うん、そうだね」
「疲れは取れた?」
「ノー、とだけ」
「それももう少しの辛抱だ、バスの中なら、少なくとも空腹と虫からはオサラバできるだろうから」
もちろん、彼女たちが待っているのは、修学旅行の観光バスなどではない。
モリニア共和国軍の輸送トラック、その行先はモリニア東国境。
クルトミアとアナトミアの戦争によって傷つけられ、終戦から2年たった今でも小競り合いとテロの温床となっている危険地帯だった。
彼女たちは知らなかったが、クルトミアとアナトミアの戦争を終わらせたのは市民活動家たちであった。
40年フラストレーションをため込んできた宗教家や人権団体、戦死者の遺族が終戦を訴え、敵を倒す前に自らが中から喰われかねないと判断した両政府が終戦交渉を行ったのだ。(活動家たちの中には互いのスパイが入り込んでいたとも)
そして活動家たちは終戦後、『戦争の防止』をスローガンに軍縮を要求し、それによってあおりを受けたのが前線で戦う兵士たちだった。
彼らの愛と平和の剣の矛先は、少年兵にも向けられた。
戦争で親を亡くし、少年兵として戦っていた彼ら、愛する祖国のため戦った彼らには物乞いか野党の道しか残されていなかったのだ。
「しっかし、私たちは幸運だったよなぁ」
「……?どういうこと?」
「だってよぉ、正規軍として作戦に参加できるんだよ?飯も寝床もあるんだ、野党や物乞いよりは、ずっとましだよ」
「……まぁ、そうだね。わたしたちは国のために働ける」
実際、彼女たちは安堵していた。
身寄りのない自分にパンと寝床を与えてくれたモリニア軍のために働けること、自分たちが運よくそれに選ばれたことに。
彼女たちの心中にあるのは愛国心というよりは一宿一飯の恩義に近いものであったが、他に生きるすべを持たない彼女たちにとってそれはモリニアへの忠誠を保たせる最後の綱でもあった。
生きるのだ、誰に銃を向けることになっても。
それが、トラックに揺られる少年少女たち全員の心だった。
そうして彼女たちは真っ暗闇の中でのわずかな希望を見つけるために、真っ暗闇の中に飛び込んでいくように、理不尽への道を進んでいった。
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