このファンタジーは、少しだけ俺たちに厳しい

雨夜いくら

第一章 少年期

第1話

 例えばの話になるけど、地球上に「特別な人間」は居るんだろうか。


 俺が思うに、“特別な存在”と呼ばれる者は、きっと居るんだと思う。


 ただ取り敢えず「特別な」という形容詞を使うのではあれば、主観で物を言う時が分かりやすい。


 主観的に言う特別な存在。

 パッと思いつくのは、親や子供、兄弟、恋人なんかを筆頭に、愛しているとか尊敬している。そういう感情を抱く相手の事だろうと思う。


 じゃあ、客観的に見たらどうだろう。


 何も知らない第三者から見て、明らかに特別と言える存在。

 世界各国の首脳、大人気の芸能人、不滅の記録を打ち立てたアスリート、例を上げるならそんなところか。


 それは何にも代えがたい努力の末に得た栄光か。

 はたまた産まれながらの才能によって、選ばし者かのようにその名誉を得たのか。

 まあそれは、人それぞれだ。


 どちらにせよ、大多数が認める存在のこと。

 きっと、その過程には関心を持つ者は少ないと思う。

 偶にドキュメンタリーで「金メダルに至るまでの苦悩」みたいなのやってたりはするかもだけど。


 あとは、世の中には「神様」と呼ばれる存在がいたるところに現れる。

 因みに俺は出会ったことがない、なんせそんな言葉が使われるのは創作か宗教の中くらいだから。


 ただし、彼等もまた“特別な存在”と言っても差し支えはなさそうだ。




 そんな自問自答も程々に、俺は「ゴブリンでも分かる魔術基礎」という本を閉じて窓の外に広がる快晴の空を見上げた。


 さて、これは名前をジルロード・ジーフリトという一人の少年に対しての「例えば」だ。


 身体の年齢は4歳。

 どこにでも居るごく普通の幼児が、自分自身の中で行っていた自問自答だ。


 もう一度言おう。

 これは〝例えばの話〟だと。

 この「ジルロード・ジーフリト」という一人の男の子が「特別な存在」だったら、という例えばの話。


 ジルは俺だ。


 世の中には有り難い事に「異世界転生」と呼ばるれる分かりやすくふざけた言葉がある。

 お陰で、自分の状況を把握するのに大した時間は掛からなかった。


 因みに前世の記憶はあまり無い。一歳に満たない頃から確かな人格と状況への僅かな自覚があっただけだ。

 あとはそう、恐らくは前世で持っていたであろう知識が、ほんの少しだけ。


 肉体、もっと言うと脳が別物であるにも関わらず同じ人格を引き継いだ。こんな超常現象はもやは議題の外だ、考えるだけ時間の無駄。


 だがこれは要するに、居るかも分からない「神様」を筆頭とした、外部からの何かしらの影響によって転生したと思われる俺こと「ジルロード」という人間は果たして「特別な存在」なのか、という話だ。


 もしも「特別な存在」なのだとしたら、俺は今後どんな人生を歩むんだろう、と妄想をしたくもなる。


 さて、こんな回りくどい自問自答を繰り返した結果、一つの結論に至った。



 ───カアアァァッッン!!!


「……?」


 鼓膜を殴り付けるような甲高い音が窓の外から鳴り響く。


 視線を窓の外に向けると、遠くには「竜のアギト」と呼ばれる美しい山脈が白く連なっている。


 少し視線を下ろすと、広大な土地を黄金色に染める麦畑、そして農作業をする人々。

 なんとも美しい光景だろうか、これを絶景と言わずして何と言うかな。

 さらに視線を下へ。

 すると、大きくはないものの立派な石造りの集落がある。

 活気に溢れた人々の往来、これもまた絶景だ。


 そしてここは集落の外れにある丘の上に建てられた大きなお屋敷。


 俺は今、その屋敷の二階に居る。

 ここからの眺めはいつでも心が洗われる様な気分になるから。


 そして窓の真下を覗き込む様に見下ろす。

 この家と同じ位の高さがある大樹の下で、茶髪の少年と金髪の幼女がベンチで休んでいた。


 少年の足元には刀身部が半ばから折れた木製の剣。

 一方で幼女がベンチの上で、クルクルと器用に振り回している木剣は健在である。


 さて、少し話を戻そう。


 議題はそう、俺が特別なのかという話だ。


 転生、つまりは前世の記憶や人格を引き継いでいる俺は「特別な存在」かどうか。

 そう、あくまで例えばの話だからね。


 結論を言おう、実際に「お前は特別か?」と聞かれたら即答で「ノー」と答える。

 俺ことジルロード・ジーフリトは特別な存在とは言い難い、ごく普通の幼児だ。


 何故なら、この世界には彼女が居るから。


 俺は窓を開けて、木剣を振り回す幼女に声をかけた。


「エステル、兄さんをイジメないの」


「あ、ジルー! イジメてないよ!」


 あの金髪碧眼の元気っ娘美幼女は、名前をエステリーゼ・レクス・アインゼルと言う。


 ここはクロフォード帝国領の北部地域、隣国の敵対国であるアンビレル王国と街道で僅か一キロメートルしか離れていない最前線も最前線だ。


 あの幼女はそんな要所一帯を領地として治めるアインゼル公爵家の長女である。


 クロフォード帝国に五つしか定められていない公爵家様のご令嬢だ。

 木刀を振り回す野蛮な子供にしか見えないが、誰が何と言おうと彼女は公爵令嬢だ。


 アインゼル公爵家というのは、いくつか前の世代で皇帝に成り代われたにも関わらず、国土と民、そして皇帝への忠義を貫いて帝国を守り抜いた英雄の一族だ。


 それは素晴らしい話だと思うよ、俺の知った事じゃないけど。


 現在、そのアインゼル公爵家はそんな昔話も、敵対している隣国すらもどうでもよくなるくらい、大きな問題を抱えている。


 いや、公爵家がというのは少し違うか。

 正確にはあの、木の下で木剣振り回してる金髪碧眼の幼女が、というべきだ。


 彼女はこの世界で、ごく稀に突如として産まれる「龍血者」という存在だ。


 どんな存在かは口伝でしか知らないが、とても大雑把に言うと「先祖返りによって人の始祖である〝龍人〟の血を引く者」であるとか「この世の理から完全に外れた化け物」であるとか。


 今まで観測されたのはエステリーゼを含めても・・・・四人しか居ないとか。


 取り敢えず彼女だけに絞って例を上げると、産まれた翌日には部屋の中を飛び回っていたらしい。


 飛び回っていたというより、跳ね回っていたというべきか。

 伝え聞いた話を要約すると『成熟した猿のような身体能力をしていた』とのこと。


 なにそれ、バケモンじゃん。と思ったのは俺だけじゃないだろうな。


 ともかく俺が言いたい「特別な存在」という言葉にぴったりな存在が、この世界には少なくとも四人は存在したという事だ。人間においてはね。


 彼女を見ていると「転生」とかいう事実がどうでもよくなるくらいに、俺はまだ普通な方だと思う。

 少なくともあのイカレポンチな幼女に比べたら、俺は母親の部屋に籠もって本を読んでる年相応の男の子だ。


「ジルもあそぼうよ!」


「えっ、いや……」


 お前がそんなエモノを振り回してる間は下に降りたくない。巻き込まれたら大怪我する。


「ジル、行ってあげたら? お外も楽しいわよ」


 窓枠に座る俺にそう言ったのは、机でなにやら手紙を書いている若い女性。

 真っ白の髪と真紅の瞳、ダウナーな雰囲気を纏っており、とても美しい女性だと思う。

 彼女はアルファール、俺の母親だ。


 普段は薬師をしており、庭や裏山、地下室なんかで薬草やキノコなんかの栽培もしている。


「あ、裏山は行かない様に言ってね」


「……裏山」


 エステルにそれ言って聞いた試しがないんだけど。


 どうしようか、残念ながら力ずくでは抑えられない。

 彼女は「裏山」という単語に反応して「行こう!」と言いながら俺を置いてそっちに向かっていくよ、あの子は。


 そんな気持ちとは裏腹に子供らしく言葉を選ぶ。


「……エステルが居るから危なくないよ」


 子供らしさは無いかもしれない。


「〝エステルの近く〟は危ないわよ、しっかり気を付けて行きなさい」


「ん……」


 そう思うのなら、そんな危険な所に小さな息子を行かせないで下さいよお母様。

 いくら公爵家の公認……じゃなくて黙認だからって。


 仕方なく本を置き、部屋を出て大きなため息を吐く。

 階段を降りると、もう玄関には木剣を持ったエステリーゼが立っていた。


「とっくんしよ!」


 こいつちゃんと、言葉の意味知ってるのかな。

 さっきは遊ぼうって言ってたよな。


「……エステル、それは置いて。街に行こう?」


「いいよ!」


 元気よく返事をしたエステリーゼは、大きく振りかぶって木剣を家の近くの木に向かって投げつけた。


 すると、カコーン! と木と木がぶつかり合う甲高い音が聞こえた。


 外に出てみると、庭に生えた木の幹を木剣が貫いていた。

 これまた不思議なオブジェが完成してしまったな。


 すぐ側のベンチで休んでいた茶髪の少年、俺の兄であるアインが青い顔をしてオブジェと化した木を見ている。


 どうやら幸いな事に死人は出なかった様だ。


「いこ!」


 嫌だ。


「……うん」


 断って殴られでもしたら命が無い。

 よって、妙に懐かれてしまっている俺には基本的に「ノー」という選択肢が無い。


 ……まあ、何にせよ、俺がある程度この幼女を扱いきれるからアインゼル家の方々は彼女を野放しにしているのだ。


 決して、家に置いておくと誰の言う事も聞かずに破壊された家具類の修理、及び再購入が原因で金ばかりが掛かるからでは無い。


 断じて、彼女の機嫌を害した際に二部屋ほど破壊されてからは、可能な限り歳が近くて懐いているからという理由で俺の所に押し付けている訳では無い。


 アインゼル公爵家は英雄の一族なのだから、絶対に小さい男の子の所に化け物を送り込む様な事はしないはずだと、俺は信じている。


 だって、英雄の一族なんだから。

 きっと、多分、そんなせこい事しないよ。


 残念ながらこの歳で子育てについての詭弁方便を語られても、俺は「なにそれわかんなーい」で押し通せば良い。


 何を言った所で結局、この化け物幼女を押し付けられる事に変わりは無いのだから。


「ジールー! 早く!」


「ん」


 転生してまだ四年しか経ってないのに、気乗りしない日々が続いている。


 どうか、何事もなく一日が終わりますように。

 そんな意味の無い祈りを胸に秘めながら、燦々と輝く太陽の下を歩き始めた。





☆あとがき──────────────────


 お待たせしましたぁ!!

 新作ファンタジーでございます。


 このお話が面白かったら、応援やフォロー、コメント、あとは☆☆☆を★★★にして評価してください。一言でいいのでレビューもぜひぜひ。

 一応X(旧Twitter)も稼働してますので気になった方はそちらもフォローしてください。普通にこっちばっか書いててほぼ宣伝用だけど、皆様も宣伝してみてね。


 今後のあとがきでこんな感じの宣伝はしないので、「邪魔くせえな何だこの宣伝」と思った方はご安心ください。


 因みに今作は可能な限り、コメントも返信したいと思ってますので、じゃんじゃん反応ください!

 でもアンチコメントをされるとマジで二度とコメントを見る気が起きなくなるのでそれは止めてくださいね!!!

 そんな感じで、作者の雨夜からでした。

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