💟暗黒姫君と黒公爵 ~婚約破棄から始まる陰謀ラブロマンス~

相ヶ瀬モネ

第1話 暗黒姫君、婚約を破棄される

・盛った肖像画的な表紙絵ですhttps://kakuyomu.jp/users/momeaigase/news/16818622175591850117


 https://kakuyomu.jp/users/momeaigase/news/16818792437893853222


この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。以下本編です。


***


 いつの時代、どこの世界の話であったか――。

 これは、幾多の国々の中でも有数の軍事力を誇る「ユーレリア帝国」で起こった、悲劇と喜劇が交錯する物語である。その幕開けは、皇帝の生誕祭の夜に訪れた。


〈 宮殿の大広間 〉 


各国の高位貴族たちが集う祝宴の只中で、皇太子チャールズは唐突に立ち上がった。その隣には、薔薇の花のように艶やかな令嬢――ブラガンザ公国のキャサリンの姿がある。


「僕はキャサリンとの間に、真実の愛を見つけた! バイオレット! そなたとの婚約を破棄する!」


 その宣言が、祝宴の空気を一変させた。――はずだった。


 しかし実際には、会場の誰もが一瞬、気まずそうに目を逸らしただけだった。人々の視線は憐れみを含み、むしろチャールズのほうに注がれている。なぜなら、彼の婚約者がただの悪役令嬢ならまだしも――


『地獄の根暗・暗黒王女』


 とまで呼ばれる、あまりに強烈な異名を持つ姫君だったからである。


 その名は、バイオレット王女。


 彼女は名もなき小国の王女であり、帝国の全寮制学園『オックスブリッジ』に留学している。

 手入れさえすれば長く艶やかな黒髪に、繊細で小柄な体。整った顔立ちの持ち主なのだが――身なりに無頓着で、身支度に金もかけず、連日連夜の読書と執筆で目の下には常に濃い影がある。


 昼は青白い顔でふらふらと歩き、必要な時だけ異様な俊敏さを見せる。そんな生活ぶりが貴族社会で噂となり、学園では「暗黒王女」あるいは、好物の青菜から転じて「根暗の青菜女」とすら呼ばれていた。


 だが、その日のバイオレットは、意外にも落ち着いて――いなかった。


「え……? 今さら何を……? ちょっと待ってくださいませね……いいが拾えそう……」


 婚約破棄を言い渡されたばかりの“悲運の王女”は、紫のドレスの腰に下げた舞踏会手帳を取り出し、付属の万年筆を構えてメモを取り始めた。その姿はまるで、破局の現場取材を楽しむ作家である。


「今のもう一度、お願いします。できれば、その経緯なども伺えれば……」

「だ・か・ら! そういうところ! それが嫌なんだよ! 分かれよっ!」


 チャールズの怒声が響く。だが彼女はその声さえも観察対象にしていた。――そう、バイオレット王女は、生まれついての文の魔物だった。


 幼少より文字に魅せられ、王国の小さな図書館の蔵書を暗記するほどに読み尽くし、やがて退屈の果てに自ら物語を書き始めていた。


「親父……いえ、陛下。もっと本はありませんか?」


 そうねだる娘に、父王は心底うんざりしていた。やがて王は、趣味を同じくする友人でもあるユーレリア帝国の皇帝が、「学術・芸術に優れた全寮制学園がある」と手紙に書いていたのを思い出す。


「――あそこなら凄い蔵書があるぞ! 保証する!」

「……嘘だったら、分かってますよね?」

「いやいや、絶対大丈夫! 一応推薦状を――」


 そうして、王は娘を“追い出し……いや、送り出した”のだった。バイオレットは試験問題を見て、ひとことつぶやく。


「バカの学校かな? ま、図書館があるならいいけど。」


 王女は、そのまま首席で合格し、学園に潜り込んだ。ユーレリア帝国の皇帝は、その答案を見て驚愕する。全科目満点に加え、余白に創作した短編まで添えられていたのだ。


「おもしろっ! 続きが読みたい!」


 すっかり物語の虜となった皇帝は、こう考えた。


「この子を息子の婚約者にすれば、ずっと読めるのでは……? いよ、うちは政略結婚するほど、やわじゃなし!」


 こうして政略どころか好奇心だけで婚約が決まっていた。皇帝の即断により、ユーレリア帝国皇太子と、伝統だけが取り柄の名もなき小国の“暗黒姫君”との婚約は成立したのだ。


 だが、結果はご覧の通り。皇太子の口から派手な婚約破棄の宣言が飛び出している。でも創作意欲を大いに刺激されたバイオレット王女は、式の最中にもかかわらず、「現場取材」と称して皇太子とキャサリンを控室へと引きずり込んでいた。


 彼女を止める者は誰もいない。なにせ彼女は――皇帝陛下のお気に入りなのだから。


 バイオレット王女、十五歳。自国では成人まであと三年。


 王位継承よりも莫大な印税で、のんびりとした生活を夢見る“暗黒姫君”の物語は、この夜、静かに――しかし確実に――動き出していた。

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