【2】かさ増しレシピは母の愛
手がかかる憎めない後輩①
【side:幸路】
梅雨が明け、気温の高い日が続く六月後半である。
あの後陽介さんと八尋とはメッセージアプリ『
多希とはこれまで通りSNSのDMでのやり取りでも良かったのだが、コネクトなら四人でグループトークが出来るため、そっちの方が便利だろうということになったのだ。
その定期連絡によれば、八尋は六月末で現在住んでいるアパートを解約し、七月一日から
いや、それだけのためにわざわざ天童から来る?!
俺じゃない? むしろ俺じゃない? そこは俺じゃない?
そりゃあさ、陽介さんに比べたら貧弱だとは思うよ?! でもそれはさ、現役ジムインストラクターのあの人と比較してって話だから! 俺だって男だしな? それなりに力はあるしな? いや、それを言ったら多希だって男だけども!
だから、『俺が手伝おうか。』と名乗りを上げたのだが、『もともと仙台に行く予定があるから、そのついでだ。気にするな。』と返されてしまった。やっぱり俺はまだ付き合いの浅い『友人』なのだ。離れたところに住んでいる、家族未満の気の置けない友人に頼む方が気が楽なのだろう。それは俺にだってわかる。
ということで、陽介さんはちょいちょいと山家家を訪問しているらしい。俺だって駆けつけようと思った。何も金曜しか行っちゃいけないなんて決まりはない。ないのだけれども、こういう時に限って厄介な仕事が舞い込んできたりするもので。
「先パァイ! ちょっと良いすかぁ!」
入社三年目。やる気だけはいつも
その安田から、俺はどういうわけかかなり頼りにされているのである。元々、彼の教育係は俺の先輩である
「どうした、安田」
「あのですね、俺、すっごい仕事任されちゃったんすけど!」
「エッ。おぉ、そうか」
誰だよ、こいつに『すっごい仕事』を振ったやつ! そう思ったけど、こいつだってここで三年頑張っているのである。そろそろ大きな仕事を任せる時期なのかもしれない。
「その件でちょっと先輩に相談したくて」
「良いけど、向山田さんは?」
「ヤマさんは『佐藤に聞け』って」
あの野郎……っ!
どうせこの流れになるのはわかりきっていたけど、一応は顔を立てて話を通しておかないといけないからな。予め話をしておく辺りはさすが三年目といえるかもしれない。
内容としては、まぁ言うほど『すっごい仕事』ではなかった。そりゃそうだ。さすがにそこまでの重要案件を託すわけはない。とはいえ、大きい仕事ではある。
ウチの筆記具ラインに、『
とにもかくにも、見た目だろうが商品名だろうが、何かが変更となると、当然我が広報部・販売促進課に仕事が回って来る。小売店の文具コーナーに置いてある販促物もそれに合わせて変更しなくてはならないからだ。文具店の試し書きコーナーに置くような商品陳列用の透明プラスチック什器については『E to WRITE』のものがそのまま使えるが、販促ポップやミニポスターなどはそうもいかない。総入れ替えである。デザイン案は本部が勝手に決めるパターンもあるが、社内コンペの場合もある。今回がそれだ。
「ええとですね、販促物のデザイン案については出来上がってるんです。ちょっと見てもらって良いすか」
「どぉれ。――おぉ、良いじゃないか」
「マジすか! あざっす!」
「いや、ほんとマジで。デザインに関してはお前はすっごいよ、ほんと」
デザインに関してはな、と心の中で強調する。
美大卒の安田はこういったデザインのセンスを買われての採用である。本人は「東京の藝大とかすっごいトコじゃないっすけどねぇ」と謙遜しているけれども、その辺は関係ないと俺は思う。こいつはセンスがあるのだ。
『E to WRITE』は元々、敷居の高いイメージのある万年筆をカジュアルに使ってもらうために生まれた商品だ。最近は何でもデジタル化が進み、書くことそのものの機会が減りつつある。だからこそ、『【書く】をもっと楽しく、気軽に。多少の遊び心をプラスして』というコンセプトで誕生したのが、万年筆型ボールペンE to WRITE、というわけだ。
ちなみに、その対極となる商品もある。それが
話が逸れたが、この、『【書く】をもっと楽しく、気軽に。多少の遊び心をプラスして』をうまく表現しているデザインだと思う。安価ラインの商品ではあるものの、安っぽくなく、かといって高級品でもない。そんなブランドコンセプトを正しく理解出来ているからこそのデザイン。訴求効果もばっちりである。
「俺はめっちゃ良いと思うぞ。自信持って仕上げて課長に出して来い」
「あざっす!」
ぶぉん、と勢いよく礼をし、晴れやかな顔でデスクに戻っていく。
そうだよ、こいつだってもう三年目なのだ。あとは新商品のロゴを配置させたものをサイズ違いで複数作成して上長に提出し、承認をもらったら、本社に提出だ。安田の案が採用されるかはわからないが、良い線は行くんじゃないだろうか。何も難しい仕事ではない。そろそろあいつだってこれくらいの仕事、一人で出来るはずだしな。
そう思っていたのだが、やはりそこは課内一のトラブルメイカーである。何が起こるかわからない。一応向山田さんにも二重チェックを依頼しておいた。これで俺はお役御免のはずだ。というか、俺にも自分の仕事はあるわけだし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます