第3話 ここはヤバい。
俺たちは挨拶のあと、ちいさな部屋に押しこまれた。
そこは五人がやっと横になれるスペースしかなく、あきらかに倉庫として使用された形跡がある。
「俺たちゃ、物かよ!」
仲間の一人が、ライフルの分解掃除の手をやすめ、いまいましげにつぶやく。
「大井。砂のベッドのほうが好きか?」
岩城少尉が、腕組みをしたまま聞いた。
「そりゃ……自分はただ、奴らがアイロンのきいた白いシャツを着こなして、クロスのかかったテーブルで湯気のたつ食事をしているのに、自分たちは……単に比較しただけです」
だれかが大井を弁護するように、
「俺たちゃ自前の携帯食」と茶々をいれた。
しかし少尉は気を悪くした様子もなく、淡々と言葉を続けている。
「よく聞いてくれ。不満もあるだろうが、ここは奴らの城なんだ。俺たちの城じゃない。ただ一夜の宿を貸してもらった旅人なんだ。だから冷たい水が飲めるだけも、奴らに感謝しなくてはならない」
たしかに水道の蛇口からは、ふんだんに水がほとばしった。
陳大佐の話では、核融合炉によって作りだされる無尽蔵の電気を利用して、砂中より生成しているのだという。
俺たちが自分のションベンを飲んでいるのとは大ちがいだ。
「整備が終了したら睡眠をとれ。今日だけは光線遮断フードなしでゆっくりと寝れるぞ。明日にはここを出ていく」
少尉の言葉に全員がいやな顔をした。
いくらいごごちが悪いといっても、ここは外とくらべれば天国そのものだ。俺自身、眠りに落ちる瞬間までそう思っていた。
※※※
スイッチが切りかわるみたいに、いきなり目をさました。
なにかが起こっている。
こんな目のさまし方をするときは、きまって危険が迫っている。
まわりを見まわすと、全員が銃を小脇にかかえじっと聞き耳をたてている。
「どうした」
少尉の目が『しずかにしろ』と語っている。
――ズズン!!
天地がひっくりかえるほどの衝撃。
(戦闘だ!)
あわてて部屋をぬけだすと、陳大佐のい指令室へむかう。
行く途中、二度、道を間違えた。
「馬鹿野郎……意味もなく、でかいもん作りやがって!」
だれかが叫んだ。
その間もひっきりなしに震動がつづく。
指令室にたどり着くまでに五分を要した。
陳大佐がいた。
「何事ですか」
少尉は指令席に座ってブルブル震えている陳大佐にむかって、白けた口調でたずねた。
返事はない。
そう、この巨艦の指令官様は、子犬のように震えていらっしゃったのだ。
「大佐!」
もういちど、語気を荒げて叫ぶ。
「敵だ。敵が、わたしの要塞を攻撃している。見つかってしまった。すぐに軌道要塞からの攻撃がくる。わたしはまだ死にたくない。怖い!」
「この要塞は浮沈鑑ではないのですか」
こいつは砂に潜れる。
そう、たしかに聞いた。
なのに、この状況はなんだ?
「そんなことは理論的にも不可能だ。昨夜いったことは言葉のアヤにすぎない。たんに艦の表面に粘着力のある液体を噴霧し、そこに周囲の砂をまとわりつかせて偽装しているだけだ!」
これじゃ部下も浮かばれまい。
その証拠に、まわりにいるだれひとり鑑をコントロールしていない。
このエレクトロニクスと金属の塊は、自分の判断で勝手に回避行動をとっているのだ。
「おいおい、冗談じゃないぜ。こんな坊ちゃんに、俺ら命を預けてんのかよ」
口の悪い同僚のひとりが、磨きぬかれた床につばを吐く。
「失礼な! わ、わたしは上官だぞ。軍法会議にかけてやる」
「生きてりゃな」
俺はアホらしくなって、岩城少尉のほうを見た。
「脱出しますか」
「外の様子を見てからだ。だれか、わかる者はいないか」
視線をめぐらすと、コンソールに座っている通信士らしい男が手をあげた。
事務的にディスプレイのスイッチをいれる。
映しだされた外の映像を見て、さすがの俺もぶったまげた。
よりによってこの要塞は、地上にむき出しのまま敵の十字砲火を浴びていたのだ。
だれだ!
こんな糞間抜けな回避プログラムを組んだやつは。
「大佐、指示を出したまえ。このままでは長くもたんぞ!」
少尉がとうとう怒号を発した。
大佐は叱咤され、飛びあがらんばかりに驚いた。
しかし、それでも動こうとはしない。
「大佐!」
「指示といわれても、コンピュータの判断が最適なので」
「尻に帆かけて逃げまわるばかりのコンピュータが、なにが最適なものか。前方の駆逐戦車は対人用だぞ。体あたりでもなんでもして、ともかく包囲を突破するんだ」
「それじゃ艦が破損してしまう。それに至近距離への攻撃は、まだ武器の調整中で不可能だ!」
「丸腰か……ではこのまま回避運動をつづけて、最後には軌道要塞にとどめを刺されてもいいんだな?」
「ひっ! そ、操舵手、突撃しろ。前方に突撃!」
よほど軌道要塞が恐いらしい。
大佐は一転して、突撃、突撃と叫びはじめた。
少尉は俺に近づくと、小声でつぶやいた。
「全員集合ののち、ゆっくりとハッチに移動する。あわてると気づかれるぞ。もう、この艦は駄目だ」
のんきな気分がふき飛んだ。
少尉がそういうのなら、そうに違いない。
俺は急いで小隊をとりまとめた。
少尉に言われた注意を、手みじかに伝える。
いちど仮眠所にもどり装備をかき集めると、口笛を吹きながらゆっくりと出口にむかった。
昇降ハッチにたどり着き、俺たちはじっと待つ。
電磁流の砂をはじく音が、ゴウゴウと船殻に反響する。
衝撃が走った。
駆逐戦車がはねとばされ、チタン合金の巨体に踏みつぶされる。
ぺちゃんこになったそれは、ゴリゴリと歯の浮くような擦過音をたてて、俺の足もとを通り過ぎていく。
少尉はありったけの声で号令をかけた。
「脱出!」
俺たちはまた、砂漠の地ずり虫にもどった。
摩擦低減処理を施された灰色の外殻を、わき目もふらず滑りおりる。
二三度ころがって着地の衝撃を和らげる。
左右の安全を確認して、一目散に走りだした。
たったいま敵の包囲網を破ったばかりなので、一時的にしろ攻撃はやんでいる。
そして砂に身を隠した俺たちの前を、灰色にかがやく要塞が、おどろくほど静かに通過していく。
まるで大海原を遊弋する巨大な鯨のようだ。
殺到してくるちっぽけな敵の駆逐戦車の群れは、さしずめシャチの群か。
巨鯨のどてっぱらに、一条の傷跡がみにくく尾をひいている。
駆逐戦車を引きずった跡だ。
シャチに追いまわされ、傷つき泣きさけぶ巨獣そのものに見える。
そしてそれは、小さな狩猟者に駆りたてられつつ砂丘の彼方へと泳いでいった。
しばらくして……
雲ひとつない砂漠の空から、一直線に紫色の燭光がふりそそぐ。
にげまどう巨獣は、天から撃たれた光の銛にとどめをさされ、高価なスクラップへと姿をかえた。
俺たちは紫外線フィルターごしに、ぼんやりとそれを眺めている。
巨獣の最後は、あまりにあっけなかった。
爆発ひとつおこさず、内部をこんがりと蒸し焼きにされただけで、すべては終わる。
電子ビームによる殺戮は、あまりにも非現実的だった。
俺たちは、ふたたび地ずり虫にもどった。
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