教養の時間 マナー創作講座

明日和 鰊

教養の時間 マナー創作講座

 TVの中では、ゆっくりとしたクラシック音楽をBGMに、大きなモニターを背にして3人の女性が一人と二人に分かれて立っている。


「こんばんわ、皆様いかがお過ごしでしょうか、第1032回マナー創作講座のお時間です。

 次々と変わる社会情勢に対応すべく、社会人として皆様がどのような場面でも困る事がないように この番組で新しいマナーを覚え、実践できるようになって頂けたら幸いと思います。

 では皆さん、早速新しいマナーを作っていきましょう」


「はい」

 マナー講師の言葉に、生徒の女性二人が、大きな声で返事をして頷く。


「今日のマナーは、大事なお客様との御食事についてです。

 最近では外国からのお客様だけでなく、宇宙からいらっしゃられた方がご同席なされる場面も少なくないと思われますが、お二人はそのような時、どのように接しておられますか?」

 

 まず、山田絵美と書かれたプレートをつけた女性が質問に答え、伊藤美里と書かれたプレートの女性がそれに続いた。

「私は、『ごうりてはごうしたがえ』という言葉にあるように、一通り日本の食事の作法を御教おおしえしてから、箸を使用してもらい、召し上がって頂きます」

「私はお客様との文化の違いを尊重し、お客様の作法にお任せして自由に召し上がって頂きます」

 

「なるほど。

 どちらの意見も一見正しく聞こえますが、お二人とも大変失礼な間違いをしています。

 マナーとは単に形式ではなく、その場にいる多くの方々に、不快な思いをさせない心遣こころづかいが最も重要なのです。

 山田さんのやり方では、体全体が一つの塊であったり、指が無く腕が一本の触手になっている外星人の方には、箸だけで無く食器を扱う事が困難な方もおられるでしょうから、お客様に恥ずかしい思いをさせてしまいます。


 しかし伊藤さんのやり方でも、外星から来た方によっては、汁物の入った椀に体を沈めたり、知らずに器ごと料理を食べてしまい、見ていてそれを不快に思う方もおられるかもしれませんし、何より御本人様が恥ずかしい思いをする事になります」


 モニターに山田と伊藤の発言が映されて、その上から大きな×が打たれる。


「それでは、番組が提案する新しいマナーを紹介いたします。

 まず来客される人数の分だけ仕切りを用意して、お互いが見えないようにしましょう。

 食事をとる行為を見られるのを、下品とみなす国や星もありますから、気をつけましょう。

 そして食事の音を不快に思う方がおられるといけませんから、耳をおおうような物も用意した方がいいでしょう。

 ここまでで、質問はございますか?」


 山田が手を上げる。

「はい。コミュニケーションがとれないのは、せっかく来て頂いたお客様に失礼ではないのでしょうか?」


「いえ、それはあなたの思い込みですね。浅慮せんりょな気遣いは、かえってお客様を不快にさせてしまいますよ」


 伊藤も手を上げた。

「はい。番組で以前見たマナーとは、正反対な気がするのですが?」


「いえ、何もおかしくありません。マナーの世界は日進月歩、『昨日の礼儀は今日の無礼』というマナー格言もございます。古い頭、こり固まった思考では、いずれ恥をかく事になりますよ」


 ×の打たれた二人の発言が消えて、番組が提案したマナーに大きな○が打たれた。



「さて最後に、本日の感想を御二人に聞いてみたいと思います。いかがでしたか?」


 山田が発言をする。

「はい。私はあなたの最初に否定するような物言いが、不快でマナー違反だと感じました」

「わかりました」

 マナー講師がそう言うと、スタッフが講師の口にガムテープを×のマークに貼り付ける。


 続いて伊藤も発言をした。

「はい。私は独自のマナーを強要する、この番組の姿勢自体が不快でマナー違反だと思います」

 講師がフリップに『わかりました』と書くと、音楽が止まり、画面が真っ暗になり、そのまま番組終了までの二分間、TVは何も映す事はなかった。

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