学級日誌

クロノヒョウ

第1話




 同級生。

 二年三組、同じクラス。

 名前は生見いくみ隼人はやと

 男前で優しい。

 ついかまってしまう。

 俺の好きな人。

 俺と同じ、男。


理央りお、ごめん、先に帰ってていいよ」

 放課後のざわめきの中、まだ座ったままの隼人の目の前に腰をおろした。

 誰に頼まれたのか日誌とにらめっこしている隼人。

「どうせまた誰かに押し付けられたんだろ。嫌だったら断れよ」

 優しいのをいいことにクラスのやつらはいつも隼人を頼りにする。

 掃除当番や日誌はもちろん係の雑用まで押し付けるやつもいるほどだ。

「でもほら、俺は暇だし。みんな塾とか部活とかで忙しいから」

 隼人はこういうやつだ。

 最初はいじめられでもしてるのかと思って目が離せなかった。

 ずっと見ているうちにそうじゃないことはわかった。

 ただ隼人が優しくて人望があついだけ。

 そして俺はいつの間にかそんな隼人のことを好きになっていた。

「いいよ、待ってるから」

「うん。ありがとう理央」

 俺に笑いかけるキラキラした笑顔。

 この笑顔が見たくて俺は隼人が何をしていてもついかまってしまう。

 飼育係からうさぎ小屋の掃除を頼まれているのを見て先回りしてうさぎと遊んでいるフリをして掃除を手伝った。

 すぐ女子に傘を貸してしまうから俺まで折り畳み傘を常備している。

 そうすれば相合傘で帰れるからな。

 クラスメイトはおろか担任まで隼人に資料運びやらを頼む始末だ。

 とにかくどんなことでも引き受けてしまう隼人を常に手伝っていた。

 最近は隼人に何か頼もうとしているやつを見かけたら「そんなもの自分でやれ」と睨みをきかせている。

 そうやって俺が隼人のボディーガードのようにいつもそばにいるからか、今度は女子たちが俺に声をかけてくるようになった。

『ねえ理央、隼人くんって彼女いるのかな』

『好きな子いるか聞いといてよ』

『隼人くんの好みってどんなタイプ?』

 そんな質問をしてくる女子たち。

 隼人は女子にモテるのだ。

 だから俺はいつも『知らねえ』『そんな話はしねえよ』と言ってあしらっている。

 実際に隼人とそんな会話はしたことがない。

 これだけ俺がはりついているのだからおそらく彼女はいないだろう。

 好きな人は、さあ、どうだろうな。

「なあ隼人」

「ん?」

 日誌にペンをはしらせていた隼人が顔を上げた。

 吸い込まれるような大きな瞳。

 前髪のすき間から上目遣いするその瞳に、陽の光があたって輝いているのがあまりにも綺麗で思わず視線をそらしてしまう。

「お前彼女っていないよな?」

 突然の質問に驚かせてしまったか、その目を丸くする隼人。

「あはっ、うん。いないよ」

 その言葉にホッとしてしまう俺。

「そういう理央はどうなの」

 薄く小さい唇でそう言いながらまた日誌に目を落とす隼人。

「俺? 俺も今はいねえ」

 俺だって高校に入った頃はけっこうモテた。

 告られて興味本位で付き合ったこともある。

 そういえば、二年になってからは告られてないな。

 そんなことより、よく考えてみたらこんな風に人を好きになったのは隼人が初めてかもしれない。

「でも、好きな人はいるよ」

「はあっ!?」

 やべえ、思いきり叫んでしまった。

 そうか、隼人好きな人がいるのか。

「へ、へえ。誰? 俺も知ってるやつ?」

 くそっ、声が震える。

 想像したことはある。

 もしも隼人に彼女ができたらどうなるのだろうって。

 今までどおりに俺、隼人の隣で笑っていられるのかな。

 でもそうするしかない。

「ふふ、秘密」

 下を向いたままの隼人。

 ヤバい、泣きそうだ。

 想像していたよりも現実ははるかにキツい。

 これでもしも隼人に彼女ができたとして俺は耐えられるのか。

「なんだよ、教えろよ」

 違う、こんなこと聞きたくない。

 隼人を誰にも渡したくない。

 隼人のこの笑顔は俺だけのものであってほしい。

 叶わないことだとはわかっている。

 でもいつか必ず隼人には彼女ができる。

 隼人に幸せになってもらいたいと思う反面、このまま隼人の隣にいるのは俺であってくれと願っている自分がいる。

「おうよかった、まだいた隼人。先生が職員室まで来てくれってさ」

 クラスのやつがドアの前でそう叫んだ。

「わかった、ありがとう」

 顔を上げて返事をする隼人。

「え? 何? 隼人何かやらかした?」

 そう聞きながらも少しホッとしている自分がいた。

 隼人の口から好きな人の名前なんて本当は聞きたくなんかない。

「なんだろう」

「また頼まれごとか? 俺も一緒に行こうか?」

「あ、そういえば俺、文化祭の実行委員頼まれてたんだった」

 少し考えてから隼人がそう言った。

「うわっ、そうだったな。マジでお前、なんでそんな何でもかんでも引き受けるわけ?」

 俺は半分切れぎみで言った。

 押し付けてくるやつらにもだけど、それを全部引き受ける隼人もたいがいだ。

「そんなの、理央と一緒にいたいからに決まってるだろ」

 隼人がそう言って俺を見た。

「は?」

 今、何て言った?

「理央は優しいから、俺が何かやってたらいつも手伝ってくれるだろ。それが嬉しいんだ。理央と一緒にいる時間も長くなるし」

 隼人が立ち上がった。

「じゃあ俺ちょっと職員室行ってくる。理央、先に帰ってていいからね」

「あ、ちょっと、隼人」

 俺も慌てて立ち上がったものの、隼人はすぐに教室を出ていってしまった。

 今のはどういう意味だ?

 頭の中で今の隼人の言葉を思い返そうとしていた。

 気のせいか、さっきの隼人の照れたような表情も。

「ねえ理央」

「ん?」

 頭の中を整理しようとしていたのにクラスの女子二人が近づいてきた。

「理央さ、彼女と別れたの?」

「はぁ!?」

 突拍子もない質問に驚いていた。

「何言ってんの? 俺彼女いねえし」

 なぜか不思議そうな顔をして首を傾ける女子。

「えー、だってさぁ、前に隼人くんに『理央って彼女いるの?』って聞いたら『いるから邪魔すんなよ』って言われたよね」

「そうそう、だから私たち、隣のクラスに理央のこといいなって言う子がいたんだけど『彼女いるよ』って言っちゃったんだけど」

「何だよそれ、俺二年になってから誰とも付き合ってないけど」

「なぁんだ。かわいそうなことしちゃったじゃん。てかさ、みんな理央には彼女がいるって思ってるよ」

 てか、俺に彼女がいるって、隼人のやつなんでそんなこと言ったんだ?

「あー、もしかしてあれ? 告られるのとかめんどくさいから彼女いる設定にして隼人くんと二人して女子を遠ざけてる?」

「いや、違……」

「そうだよね。じゃないといちいち断わり続けるのも大変だもんね」

「悪かった理央。彼女いないことは秘密にしておくから」

「いや、だから」

「じゃあね」

「おいっ!」

 俺の話は聞かずにあっという間に女子たちは行ってしまった。

 なにがなんだかわからなかった。

 そのまま椅子に腰を落としてしばらく考えていた。

 もしかすると、もしかするとだぞ。

 隼人の好きな人って、まさか、俺?

 だっておかしいだろ?

 彼女いないのに俺に彼女がいるって言いふらしてさ。

 女子が言ってたみたいに、俺から女子を遠ざけてた?

 それに隼人、頼まれごとを何でも引き受けるのは俺と一緒にいたいからって言ったよな。

「どういうことだよ隼人ぉ」

 考えれば考えるほどわからなくなって前を向いた時、机の上に日誌が置きっぱなしになっているのに気づいた。

 隼人のやつ、日誌持っていくの忘れてるじゃん。

 ちゃんと書いたのかよ。

 確認しようと今日の日付けのページを開いた。

「なっ、んだよ」

 そこに書かれてあった文字を見た俺は勢いよく机に突っ伏した。

 心臓の音がうるさかった。

 思わず顔から笑みがこぼれる。

 もう一度確認しようと力の抜けた体を起こした。

『理央、大好きだよ』

 そう書かれた文字を何度も何度も、穴が開くほど眺めていた。


 もう誰もいなくなった教室。

 隼人が戻ってきたらどんな顔をすればいいのだろうか。

 この日誌は忘れたんじゃないよな。

 隼人はわざと置いていったんだよな。

 そう思うと隼人のことが愛おしくてたまらなくなる。

 俺のことが好きだから何でも引き受けていたのも、俺のことが好きだから俺に彼女がいると言って女子を遠ざけていたのも、何もかもが愛おしく思えた。

 まさかそんな嘘をついてマウントをとっていたとは。

 何か仕返しをしたくて俺はまた机に突っ伏して寝たふりをした。

 隼人が戻ってきて日誌を見て、顔を赤らめて喜んでいる頃に目を開けておどかしてやろう。

 そう企んでいると教室のドアが開いた。

「理央?」

 隼人の声、近づいてくる足音。

 隼人はすぐに日誌を取りページをめくっていた。

『俺も隼人が好きだ。俺と付き合ってくれ』

 俺が書いた返事。

 きっともう見つけて読んでいるだろう。

 隼人の照れた顔が見たい。

 喜んでいる顔が見たい。

 目を開けようとした時だった。

「いいよ」

 そう耳もとでささやいた隼人の吐息がかかったかと思うと、俺の頬に柔らかな感触があった。

「起きてるんだろ、理央」

 隼人のやつ、なんてことをするんだ。

 一気に顔と体が熱くなる。

 そりゃあ起きてるけどさ。

 もう本当に、隼人にはかなわない。

「今ので死んだ」

 恥ずかしさと嬉しさとで目を開けられなくなった俺はそう言うのが精一杯だった。



           完




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