その唐栗は如何に
阿吽トム
短編
妻とテレビを見ていた時のこと。
近頃、CMで毎日のように保険に関する広告が多いように思う。保険には様々な種類があり、さらに保険会社によって付随するサービスは多岐にわたる。色々な保険会社がある中で、見直しを促す言葉や、今の保険で大丈夫?などの注意喚起がお茶の間に飛び交う。
ある意味不安を煽るようなCMだが、確かに今の私が加入している保険は、毎月いくら払っているんだろう。そもそも毎月なのか毎年なのか。一体どんなプランでどこまで補償してくれるのだろうと気になって、週末に妻と二人で近くにある保険の見直しを行ってくれる店舗へ足を運んだ。
混雑を予想して朝一を避け、昼下がりに行ったのは正解だったようで私たち夫婦と、既にもう一組のお客さんが窓口に座って接客を受けていた。
私たちも番号が呼ばれてカウンターに着座する。
「お待たせいたしました。本日は見直しと言うことでお伺いしておりますが、何か気になることがございましたか?」
「そうなんです。えっと、最近保険に関するCMをよく見かけるんですけど、自分はどんな保険に入ってて、どんなプランなのかあまりわかっていなくて。それで不安なので色々と教えてほしいなと思いまして。ちょっと来さしてもらったんです」
『かしこまりました』と若い男性スタッフが答えた。髪は短髪で清潔に整えられており、黒縁眼鏡で胸に初心者マークのバッチがついている。どうやら新入社員さんのようだ。
それからたくさんヒアリングをされ、様々な保険会社やそのサービスについて丁寧に教えてくれた。だがその人は全く新入社員という初々しさを感じさせない、知識量と応対スキルだった。笑顔も声のトーンなんかも全て満足のいくものだった。
あれこれ説明してもらい、結局私たち夫婦に合った保険のプランをそれぞれその日のうちに契約することになった。そして、最後に今日の契約内容をタブレットに映った帳票で説明してくれる。
「では、本日の契約内容をご説明させて頂きます。まず、ご主人のほうがこちらのプランで、奥様のほうがこちらのプランになります。具体的にこのプランについてですが――」
*
「あれってさ、なんか変じゃない?」
帰途に就く道中の大きな交差点で、長めの赤信号で停止していた時、助手席に座る妻がで左側の窓の外の景色を見ながら言い出した。サンバイザーの面積をすり抜けて、夕日が妻の顔下半分を照らしている。私が『ふぉん』と『おぉん』を混ぜたような相槌を短く打って妻が続ける。
「なんでご主人様じゃなくて、ご主人なんだろう。私には奥様なのに」
「ああ、まあ確かにそう言われてみたら違和感はあるかもね」
「でしょう?別にあの人だけじゃなくて、世間的に変な言い回しじゃないとは思うから、あの人にどうこう言うってよりかは、なんでそんな風になってるんだろうって話。俗称っていうかさ」
「‥‥‥‥確かに」
「イメージでは芸能人の人がロケとかでさ、素人を相手に話してるときとか、それか『あの店美味しいんだよねぇ、夫婦でされててさぁ、ご主人も奥さんもとても良い人なの』みたいに誰かに話をしているときとかに使われてない?」
「そう言われたらそうかもね、でもあれじゃない?"ご主人様"って言うとなんか執事や家政婦みたいになって、接客業だとなんだかお客さんとの間に距離感を感じてしまうからじゃない?もしかしたら、あのさっきの人はわからないけど、スタッフによっては相手で使い分けたりしてるかもよ?逆に奥様は様を抜くと言葉が伝わらないから、総じて"奥様"なんじゃないの?俺は別に嫌な気はしなかったからなんとも思わなかったけど」
『かなぁ』と言った後、妻は車内の音楽をノリノリで歌い始めた。いつもこの歌がかかると妻は歌いだす。機嫌がいいときは少し揺れて、機嫌が悪いときは揺れも歌いもしない。いまは機嫌が良いらしい。謎が解明されたのか別にもう話足りない様子はなかった。
妻は若いときも綺麗だったが、歳を重ねてより美しく、若い頃になかった大人の魅力のようなものを漂わせている。宛ら"奥様"という感じ。ただ、ノリノリで身振り手振りに音楽を楽しんでいるときや、たまに変なところに着目してきょとんとした表情の時は少女のようなときもある。"奥様"という感じはしない。
私には"ご主人"も"ご主人様"も似合わない感じで、どうにも渋さのような大人の色気がない。だからどちらかと言えば"ご主人"と表されるのだろうか。いっその事、髭を蓄えて、ピシッと服装を決め込み、ダンディーな立ち振る舞いをすれば"ご主人様"と呼ばれるのだろうか。
その真相は定かではない。
その唐栗は如何に 阿吽トム @aun_2090
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