第五話:プールで消えた【語り手:O原サチコ(教員 六十四歳)】 水曜日(二時間目)午前十時三十二分

 みんなには言った事なかったと思うけど、私はこの街で生まれてこの街で育ったの。

 だから私は靴ノ下中学校出身、あなた達の先輩なのよね。


 これは中学二年生の時だから、もう五十年も前の話になるのかな。

 当時、私には親友って声を大にして言えるくらい仲が良かった『ミユキ』っていう同じクラスの子がいてね。


 ミユキとは休み時間や放課後、日曜日もいつも一緒だったの。


 その時は夏だったから、水泳の授業が始まっていてね。

 二年生の学年全体の合同授業で、泳げる組と泳げない組に分かれるけど、水泳が得意なミユキと、苦手な私は離ればなれ。

 ミユキに「サッちゃんならすぐこっちの組に来られるよ。頑張って!」って応援されて。

 ミユキの優しさで、余計バツの悪さに拍車がかかってしまって、愛想笑いを浮かべながら泳げない組へ行ったのを今でも覚えているなぁ。

 それで、授業の最後の十五分は、二つの組が一緒になった自由時間で、みんなでワイワイ楽しんでた。

 あっちでは泳げる子たちが、速さを競い合っている。

 あっちのフェンスの向こうでは、何人かの大人たちがプールを見学にきていた。

 私はプールサイドに腰を下ろして、ミユキが人の隙間を見計らってプールに飛び込むのを眺めてたわ。(みんなは危ないからやったらダメだよ)

 水しぶきが起こって、周りの子たちが顔をしかめたり手で覆ったりする。

 その時、

 ウウウウウウウウウウウウ?????

 放送室のほうからサイレンが鳴ったの。

 みんなが「え?」って顔をしていると、


『ザザ…………おはようございます……ザザザ……本日はお日柄も良く、気持ちの良いお天気で心が晴れ晴れする思いですごきげんよう?ごきげんよう?ごきげんようごきげんよう???くくっくくくくく……ザザザザ?…………』


 雑音まじりで、バックに心を不安にさせるような寂しげなピアノの曲が流れてて(私、クラシック音楽が好きだからなんとなくわかったけど、あれは『スクリャービンのポエムノクチュルヌ』だったと思う)ゆっくりした口調の聞いたことのない低い男の声が放送されたの。


「なになになに……」

「気持ち悪……」

 みんなが放送室のある本校舎の方を見ながら不気味がってざわつく。そんな中、

「お、おい! プール!」

 誰かの叫び声が聞こえて目線をプールに戻すと、奥のはしのほうのプールの水の色が真っ赤にそまっているのが見えたんだよ。

 その赤は、みるみるうちに侵食していって、あっという間にプールは血の池のようになってしまったの。

「は、早く、全員プールからあがれーー」

 先生があわてて指示を出す。

 みんなが右往左往するなか、さっきまで見学に来ていた大人たちがいたな、と思って、助けを求めるようにフェンスのほうに視線をやったけど、そこには誰もいなかった。

 プールサイドで先生が点呼をとっていく。

 なんか大変なことになったなぁ、と思いながら、体育座りで待機していて、はっとしたの。

 ミユキは…………?

 きょろきょろする。姿が見当たらない。

 プールの方を見る。

 さっきまでみんながわいわいやっていたのが嘘のように、波紋の一つもない水面が広がっていた。

「ミユキ!」

 私は声を上げながら立ち上がったの。

 みんなも辺りを見回す。

「あれ?いないな……」

「さっき飛び込んでたの見たぞ」

「俺も」「私も」

「まさか、飛び込んだまま、水からあがってきてない……?」

 誰かが言ったと同時に、先生がプールに飛び込んだ。

「ミユキ……!」


 結局ね、


 ミユキの姿は、プールの中のどこにも見つからなかったのよ…………。


 プールに飛び込んだまま、姿を消しちゃった私の親友のミユキ。

 大騒ぎになって、この前の校庭の机の事件みたいに警察が来てさ。

 プール周辺、校内、校外まで捜索したんだけど、結局ミユキを見つける事はできなかった。

 私はとにかく、胸が張り裂けるような思いだったの。


 その後すぐに、この学校は色々あって、ミユキの失踪は語られなくなったわ。

 そのまま時が経って、やがて私は靴ノ下中学校を卒業して、高校、大学に進学して、教員の免許を取ったの。

 何度か転勤をして、色んな中学校をまわって、母校に赴任したのは今から二十五年前の三十九歳の時だったかな。

 久しぶりに入った靴ノ下中学校の校舎は、私が中学生の時の記憶のままの姿で、懐かしさというより自分が若返ったような気分だったなぁ。

 だからこそ、あの廊下ミユキと歩いたなー、とか、あのトイレの前でミユキとよくお喋りしてたなー、とか、思い出をミユキとのひと時に思わず重ねてしまっていた。



 そんななか、赴任して二ヶ月くらい経った時だったかな。

 その時間、私は授業がなくて、職員室でテストの採点作業をしていた。給食の時間になったから中断して食事を済ませたの。

 食べ終えた食器を職員室の外に置いておくと、給食調理員さんが取りに来てくれるから、空の食器を持って職員室を出たのね。

 昼休みになる前だったから、生徒たちはまだ教室にいる。廊下は静まりかえってた。

 さて、昼休みの間にテストの採点終えないとー、と伸びをしたところで、廊下の一番奥の教室から大きなお膳を持った真っ白な着物姿の人影がスッと出てくるのが見えたの。

 奥は給食室……だよね。と考えているうちに、その白い人影は私に背を向けて渡り廊下のほうに去っていった。

 なんなんだろ……? と思った瞬間、


 ぺちゃん……。


 奇妙な白い人影とは逆の方向。私の背中のほうから、水びたしの雑巾を床に落としたような音がした。


 ぺちゃん……。

 ぺちゃん……。

 ぺちゃん……。


 その音が、一定の間隔で鳴っている。

 少しずつ大きくなっている。

 ……これって『歩く音』だ……。

 何かがこっちに近づいて来てるんだ……。

 私は、ゆっくりと振り返ったの。そしてすぐに「あ!」と声が出てしまった。


 ミユキがいたのよ。


 あの当時のままの中学二年生のミユキが、スクール水着を着て全身水浸しで。

 今の今プールに飛びこんで上がって来たばかりって感じで、こっちに向かってよたよたと歩いてくるの。


「ミ、ミユキ!」

 身体が浮かび上がってこないプールに向かって叫んだあの時と重なったけど、今は目の前にミユキがいる。

 でも、明らかに異様な状態に、久しぶりの再会を喜ぶ気持ちなんて全く無かった。

 ミユキは、私のことどころか、今自分がどこを歩いているかも分かっていない様子で、視線はふわふわ上の方を漂っている感じだった。

 固まって立ちつくす私のもとに彼女はやってくると、すぐ目の前に顔を近づかせて言ったの。


「わらひ…………ひた……」


 そしてミユキはそのまま私に倒れこんできたんだけど、触れた瞬間にフッと溶けるように消えたんだ。

 なんだったのか全くわからず立ったままでいると、

「O原先生、どうかしましたか??」

 職員室から顔をのぞかせた他の先生に、声をかけられたの。

「あ、いや、なんにも……」

 我にかえると、すぐに私の鼻に強いにおいが飛びこんできてることに気づいた。

 …………これ、プールの塩素のにおいだ……。

「うわぁ、誰だこんなイタズラしたやつは?!?」

 顔をのぞかせてた先生が声をあげたの。それもそのはず。


 廊下が水びたしになっていたんだから……。


 結局私は、ミユキのカケラ? 幽霊? については、その時誰にも言わなかったんだよね。

 彼女はなぜ現れたんだろう? 私に何かを伝えたかったのかな?


 しばらくして別の中学校に転任になって、いくつか渡り歩いて、今年十数年ぶりに靴ノ下中学校に戻ってきたんだけどね。

 ミユキは今でも行方がわからないままなんだよ……。

 あなた達は異変探しているみたいだけど、今回の校庭に机が出されていた事件の何年も前にも、 この靴ノ下中学校では不可解な出来事が起こっていたって事を伝えておくね。




***


テンマ:まさか、五十年前にもこの中学校で生徒が失踪する異変が起きていたとはな……。

ユウ:それから二十五年後に、とつぜん現れて消えたミユキさん。彼女はどこへ行っちゃったんでしょうか……?

テンマ:あと、O原先生が廊下で目撃した、白い着物の人影ってそれは……。

チヒロ:『おまんま』を運ぶその時働いてた給食調理員さんだろうね。何年も前から続けられてるルールって感じがするな。

テンマ:それなら、『あ積み謎机怪奇事件』もたまたま起こったイタズラ事件じゃなくて、何かのルールにもとづいてるっていう可能性は……?

チヒロ:充分ありえるよ。

ユウ:……僕らはひょっとしたら、触れたらいけないかなり危険な事件に首を突っ込んでる、ってことはないですか……?

テンマ:それって、面白くなってきたって事だろっ?


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