【阿久津肆織文書①】生物部の曖昧部員
最近、毎晩おなじ悪夢をみる。
そこは学校…………靴ノ下中学校かな?
歩くとギシギシと音が鳴る廊下には生徒たちがいるけど、黒い影におおわれて姿が見えにくくなっている。
そんな廊下で、禍々しい視線をかんじて、恐ろしくなって私は逃げる。
でも、私がそんな状況にあることを、黒い影のみんなは誰も気づいてないんだ。
そんな中、私は校舎から飛び出すと、足元は黒い水で、ドボン、と深いそのなかに落ちこんでしまう。
息ができなくて苦しい私をつかむのは、たくさんの手。
その無数の手は私の全身をおおって、黒い水から引きあげられると同時にパッと目がさめる。
起きた直後は、全身汗びっしょりで呼吸も苦しい。
こんな恐ろしい悪夢、毎晩見続けたら私はどうにかなってしまうかもしれない。
そして、この夢を見始めた時から、靴ノ下中学校に何かしらの異変が起きているのを強く感じるようになった。
異変は少しずつ学校を侵食しているからなのか、今は誰も気づいていない。
感覚的なものだからうまく説明できないし、こんな話をしても誰も信じてくれない……。
だから、私は一人でひそかに、靴ノ下中学校に潜む異変を調査していく。
ここには、異変の調査日誌をつけていくことにする。
そのすえに、私が抱く違和感の真相が解明したら、その時は頼れる生徒会のみんなにこれを読んでもらいたい。
私はみんなに向けて、異変調査日誌を書いていくよ…………。
靴ノ下中学校異変調査日誌 1
調査日:●月●日
放課後に校内を歩く。
ほとんどの生徒は帰ってしまって、校内は静かだ。
終礼が終わった後、友達が遊ぼうと誘ってくれたけど断った。
少し校内に残る事を言ったら「前言ってた異変とかいうやつ?? シオリの勘違いじゃない? 学校平和じゃん~」と笑われてしまった。
女子の間で、私は変なやつって思われ始めてるかもしれない。
私だって、異変が思い違いだったらいいな、と思う。
だからこそ、調査しないといけないんだ……。
「阿久津さん」
●階の廊下で急に呼びかけられた。
見ると、一人の男子生徒が、理科室から上半身をのぞかせてこっちに手招きしていた。
中に入ってみて「え……」ってなった。
そこにいたのは、私を招き入れた生徒をふくめた4人の男子。
彼らは、全員同じ顔、同じ背丈と体型をしていたんだ。
「すみません、お呼び立てして」
同じ顔の1人が、抑揚のない無機質な口調で言った。他の3人も無表情だ。
「僕たち生物部なんですけどね」
「部員は4人じゃないんです」
「でもここには4人いるんです」
「ということは分かりますか?」
4人は、下手くそな演劇の台本を読んでいるような感じで、説明してくる。
それがとにかく不気味でしょうがなかった……。
「……あ、あなたたちの中に生物部員じゃない、偽物がいるってこと……?」
「そうなんです」「そうなんです」「そうなんです」「そうなんです」
4人はいっせいに、棒読み口調で答える。
「お願いがあるんです」「生徒会の阿久津シオリさんのお力添えで」「僕らの中から」「偽物を見つけてくれませんか?」
……これって異変だよ……! って思った。
『同じ顔をした部員たちから偽物を探す』
こんな奇妙な問題、今までの学校生活で起きたことなんてなかった。
それが、異変を探し始めたらすぐに起こったんだから。
この問題を解いたからといって、私が毎晩見る悪夢がおさまるとは思えないし恐ろしくてたまらなかったけど、何かがわかるかもしれない。
「……う、うん。協力するよ。偽物探し」
「ありが」「とう」「ござい」「ます」
まず私は、自分の記憶の中の生物部の部員を思い出してみることにした。
予算会議や部活の代表会議なんかで、生徒会と全部活動の部員が一同に会する時が何度かあったよね?
…………あれ?
うそ……わかんない…………。
けど、何度考えてもはっきり思い出せないんだ……。
そして、目の前の4人はぼんやりとした曖昧な顔をしていて、見れば見るほど答えから遠ざかっていくような気がする。
一体なんなのよ、この感覚……強烈な違和感…………。
思い出せないって、こんなに恐ろしい気持ちになるんだね……。
めまいと気持ち悪さで頭がくらくらしてきたので、記憶をたどるのをやめたんだ。
「そ、そういえばみんなの名前聞いてなかったね。教えてくれる?」
「僕は『鮎川Y平』です」「僕は『鯖江S也』です」「僕は『鯉野T明』です」「僕は『鱒木H人』です」
名前を聞いたけど、やっぱり思い出せない。
「『あゆ』『さば』『こい』『ます』
みんな名前に魚の名前が入ってる……」
「すごいでしょ?」「僕は」「根っからの」「生物部なんです」
淡々と話す4人。
「根っからと言っても」「僕らの誰かは」「偽物なんですけどね」「あはははは」
全く笑えない…………。
他に何かヒントはないかと辺りを見回すと、黒い大きな机の上に『川の水の入った水槽』『ビーカー』『ピンセット』『スポイト』『塩』『顕微鏡』『アルコールランプ』『マッチ』などが置かれていた。
「君たちは、何をやってたの?」
「僕は」「生物部なので」「水の生き物について」「調べていたんです」
実験中に部員はふと気づくと、4人になっていたらしい。
その後、あれこれ聞いてみたが、めぼしい情報は得られなかった。
とにかく4人は謎のチームワークがあって、最初から4人いたとしか思えない雰囲気だった。
でも、この中に偽物は確実にいるわけなんだ。
私はしばらく頭を悩ませていると、あることに気がついた。
あとはその答えをどう立証するかだけど…………そう考えながら机の上の実験道具を見てひらめいた。
同じように見えて、違う偽物がいる。
すなわち、4人のうち、偽物は本物とは明らかな違いがある、ということ。
同じ見た目の4人だけど、それぞれ区別できるものがある。
そして、偽物を4人の中から見つけ出すには机の上にある、
『川の水の入った水槽』
『ビーカー』
『ピンセット』
『スポイト』
『塩』
『顕微鏡』
『アルコールランプ』
『マッチ』
この中から、いくつかの実験道具を使う必要がある。
「偽物、わかったよ」
私が言うと、4人の生物部員たちはビクリと反応した。
「まず最初に、私の中で変な先入観があったの。それは偽物は4人のうち1人だけだという先入観。
でも、君たちは偽物が何人かとは言ってないし、会話の中で偽物、いや本物が何人かということを言っていた。
その会話は、
『すごいでしょ?』『僕は」『根っからの』『生物部なんです』
『僕は』『生物部なので』『水の生き物について』『調べていたんですよ』
『僕たち』と言わずに『僕』と言ってる。
本物の生物部員は1人だけで、偽物は3人だったんだ。
君たちは終始表情を変えずに、不気味なくらい落ち着いていた。
困っていたり、切迫感ってものが無かった。私を試してるような態度ともとれる。
だからこそ、明確に『偽物は3人で本物は1人なんです!』と私に訴えることをしなかったのよ」
私が一気に言うと、無表情だった4人が急におどろきの顔になった。
「じゃあ本物は誰か? 偽物は誰か?
その違いは、君たちの『名字』にあるの。
それぞれ魚の名前がついた名字。
『鮎(アユ)』『鯖(サバ)』『鯉(コイ)』『鱒(マス)』
この中で本物1人と偽物3人を分けると、
海の水で生活する海水魚の『鯖』、川の水で生活する淡水魚の『鮎』『鯉』『鱒』となるのよ。
だから偽物は『鮎川Y平』くん『鯉野T明』くん『鱒木H人』くんの3人!」
「うわわ!」「すごい!」「けどさぁ!」
3人が言うと、最後に『鯖江S也』くんが言った。
「答えは出てもそれをどう立証するんだい? 誰も認めなければ、偽物探しは終わらないと思うけどねっ」
「立証方法はあるよ! これを使う!」
私は『塩』を『川の水の入った水槽』に入れるとそれをかき混ぜて『ビーカー』で汲むと、偽物の3人にバッとかけた。
「うぐぅぅぅぅぅぅ」「うぐぅぅぅぅぅぅ」「うぐぅぅぅぅぅぅ」
鮎川くんと鯉野くんと鱒木くんは、うめき声を上げながらグジュグジュグジュ…………とナメクジのように溶けていった。
残された鯖江くんは、曖昧な顔をしたまま「おめでとう?」と言って、私に何かを渡してきた。
それは、黒いマジックで雑にグチャグチャと塗りつぶされた透明の下敷きだった。
「これは……?」と私はつぶやいたけど、彼はそれに被せるように、
「阿久津さん。ようこそ、異変の中へ」
と言うと、外へ出て行った。
すぐに追いかけたけど、鯖江くんは煙のように姿が消えてしまっていた。
私は、あまりにもふつうじゃないことが起こりすぎてしばらく立ち尽くしていたけど、ハッと気づいたんだ。
この問題を考えていた時に抱いた、強烈な違和感。
なんで私が、生物部の部員の顔が思い出せなかったのか。
それは、そもそもこの靴ノ下中学校に生物部なんて無いからなんだ…………。
この生物部の偽物探しで、靴ノ下中学校に異変が起こってることは決定的になったんだ。
鯖江くんも異変だったということかな?
そんな彼から、「異変の中へようこそ」と言われてしまった。
私はもう、後戻りができないのかもしれないね……。
このまま真相まで進んで行ったらどうなってしまうのか。
それを確かめるために、このまま異変調査を続けていくことにするよ…………。
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