第四話:犬ではない存在【語り手:K野つっこ(小説家 二十代)】 火曜日(放課後)午後四時三十五分

 ごめんなさい、公園に来てもらって。

 靴ノ下中学校には、どうしても行きたくなくて……。

 それで、異変ですよね? これはつい先日体験したばかりの話なんですけど。

 私は、小説家をやっているんです。そんな事もあって夜型人間でして、家でみんなが寝静まっている夜に活動しているんです。

 その日の真夜中も、飼っている犬の『ナッキー』の散歩をするために、外に繰り出しました。

 ナッキーは、昼間の行き交う人や散歩中の他の犬、車の物音に敏感で、すぐ吠えたり立ち止まったりしちゃうんです。

 それに比べて真夜中は静かだから、集中して散歩ができるんですよね。

 家族には「夜は物騒だしお化けが出るから危ないよ!」なんて言われるんですが、気分転換のためについつい深夜徘徊をしがちで。

 それで、暗い住宅街を考え事しながら歩いていたら、ふだんは通らない靴ノ下中学校に来ちゃったんです。


 真夜中の学校って、外から見ても不気味ですよね……。

 当たり前の話だけど、昼間はあれだけ多くの生徒や先生がいてにぎやかなのに、夜になると全くの無人になるんです。

 その異様なギャップを考えると、恐ろしくなります。

 ナッキーが電柱の匂いをくんくん嗅いでいるあいだ、校舎に貼りついている真っ黒な窓をぼんやり見ていたら、


 小さな校舎の方の一階の窓に、誰かが立っているシルエットが見えたんです。


 それは二つ。学生服姿の髪の毛が派手な感じの男子? と、こっちは落ち着いた黒い長髪でスラリとした女子?

 その二人が、手を繋いで明らかにこっちを見ているんです。

 微動だにしないところを見ると、学校に鍵がかかってしまって出られない感じでもなさそう。

 え? え? え? どういう事?? 混乱していると、



「何もないやろ?」



 いきなり後ろから声をかけられたんです。

 身体が反射的にビクンとなって、恐る恐るふりかえると、大きなリアカーを引いたお婆さんがすぐ目の前に立っていました。

「夜の学校だ。何もないやろ?」

「え、あの……」

 と言いながら、私は校舎の方に目を戻すと二人の生徒は消えていました。

「ん……?」


「可愛いわんころだな。けど、こんな時間に靴ノ下中学校の周りをウロウロせん方がええ。

 そろそろ『あれ』が目をさますころだからな」


「……『あれ』……?」

「本当の名前は知らん。おれは『くつべら』って呼んどるがな」

「……はぁ」

 話がよく分かりませんでした。

 どうしよう……と思っていると、流れている空気が、フッと変わったんです。

 肌に当たる風の感覚が変わるというか。うまく説明できないけど、そうとしか言えない感じで。


 そして、どこからか何かがこげたような異臭が漂ってきたんです。

「あ~あ、来ちまったか。学校の敷地ん中入らなきゃ、おめは死にゃせんだろうが、ただじゃすまんぞ」

「は……? え……どうすれば……」

「ちょうどええ。今、おめの前にはおれがいる」

 と言うと、お婆さんはリアカーの持ち手を地面に下ろして、荷台に回りこみました。

 そっちをのぞくと、荷台には色とりどりの靴下がぎっしり詰まっていました。

「これを売ってやる。急いで履けば無事やり過ごせるやろ」

「え? どういう事ですか……?」


「『くつべら』が起こす悪いものは足元から侵食してくるからな」


 お婆さんのただならぬ言い方に、ゾクリとしました。

「で、でも私、散歩で外に出ただけなので今お金が……百円しかありません」

 あさったポケットから出てきた百円玉を見せました。

 お婆さんは、しばらくこっちを見てから、「百円でええ」と言って右手をこっちに差し出しました。私はそこにお金を乗せました。

 そうこうしているうちに、コゲ臭はどんどん強くなります。

 私はあわてて靴と靴下を脱いで、お婆さんから買った薄汚れた靴下を急いで履きました。

「嬢さん、早くこの場を離れな」

「あ、ありがとうございます」

 この靴下に何の効果があるのか分かりませんが、私はお礼を言いました。

 するとお婆さんはポツリと、

「可愛いわんころだったな」

「……?」

 私はもう一度お礼を言って、小走りで道を進みました。

 次の角が見えて来たので、そこを曲がって学校から離れようとした時、「ウゥウゥゥ……」とナッキーが何かを威嚇するように唸り始めました。

 どうしたんだろ? とかがんでナッキーに声をかけましたが、辺りのコゲ臭がブワッと強くなったので、フッと頭を上げると、


 さっきまで普通だった学校のフェンスが一面、焼けたように黒コゲになっていたんです。


 私は「ヒッッ!」と小さく叫ぶと、ナッキーを抱いて一目散に逃げました。

 角を曲がってがむしゃらに走り、何とか無事家にたどり着きました。

 けど、コゲ臭が身体にまとわりついたままだったので、何度もお風呂で洗いました。



 この話には続きがありましてね。

 それから二日ほどすると、ナッキーが歩けなくなってしまったんです。

 見ると、ススのようなものがついて、足がまっ黒になっていました。

 動物病院に連れて行って先生にみてもらうと、「足になにかが入っている」と言われました。

 そして手術のすえに出てきたのが、爪でした。形からそれは犬のものではなくて


 人間の爪だったんです。


 四本の足から人間の爪をとりだしてもらって、何とか病院から戻ったその日の夜中だったと思います。


 ピンポ~~ン……


 家のインターホンが鳴ったんです。

 0時をとっくに過ぎていましたから、ただの来客じゃないだろう事は簡単にわかるので心がざわつきました。

 意を決して、インターホンの通話ボタンを押しました。

 カメラを塞がれているのか、黒い何かが立っているのかはわかりませんが、モニターは真っ暗で何も見えません。

「……はい」

「ここ、K野さんのお宅ですよね?」

 落ち着いたトーンの女の人の声が返って来ました。(声の雰囲気から若い女の人っぽいです)

「……はい」




「もらいに来ました」


「え……? もらう……?」

「靴下です。他人のよくない靴下を履いている人がこの家の中にいませんか? それをもらいに来ました」

……『靴下』と言われて、すぐに先日のお婆さんの事が頭に浮かびました。

「あ、あ、あの、何のことですか? そ、そんなもの私は知りませんよ?」

 本能的に、おうじたらいけない、と感じてとぼけたんです。

「そうですか………………。

 では、今後よくない靴下を履いている人を家の中でみつけたら、靴ノ下中学校に連れてきてください。

 その人ごと、もらいますから」


 そう言うと、インターホンはブツリと切れました。

 朝になって玄関のドアをゆっくり開けてみると、入り口付近はあのコゲ臭が漂っていて、黒いススだらけ。

 それに、植えてあったプランターの草花は腐って朽ちていました。

 今のところ、ナッキーの足は治って元気に走りまわるまでになっています。

 私の足の中に誰かの爪がはいりこんでいる感じはありません。

 ただ、真夜中に外へ散歩に出かけることは無くなりました。

 それに、靴ノ下中学校のまわりの道はさけるようになりました。

 そして、私はお婆さんから買った一足のボロい靴下を、ずっと履き続けているんです…………。





***


テンマ:……異変が大渋滞の話だ……。

ユウ:『靴下を売る謎のお婆さん』『真夜中の校舎の窓際に立つ男女の生徒』『くつべらと呼ばれるバケモノ』異変が三つもありますね……。


チヒロ:異変を一つずつ整理しよう。

靴下というと、この靴ノ下の街だよな。昔、この街は靴下の繊維産業で発展した、って聞いたことがあるよ。

テンマ:窓際の生徒二人は? 

チヒロ:それは、特徴的に『S園キョウカ』と『N岡』だろうね。

ユウ:じゃあ、給食調理員さん達が作る『おまんま』はバケモノの『くつべら』に配膳してたのかな?

テンマ:そうに違いない! この学校内で化け物が飼われてるんだよ!

チヒロ:いや、そうとは言いきれないな。

S園は靴ノ下中学校から出られない感じだったのに、『くつべら』は学校の敷地外のK野さんの玄関に出没している。

というか、K野さんの玄関にやってきた謎の声のぬしが『くつべら』なのかどうかわからないけどね。K野さんは結局、化け物の姿を見ていないわけだから。


テンマ:そっか。その辺りは靴下売りの婆ちゃんがくわしそうだな。

チヒロ:うん。中学校の異変についても何か知ってそうだ。



ピコーーン♪



ユウ:会長、今日も学校にスマホもってきてるんですね。

テンマ:あ、生徒会のグループチャットに阿久津さんのお母さんからメッセージだ。



   こんにちは。

   シオリは今日も帰ってきていません。

   あまりよくないことではありますが、昼間にシオリの部屋を見ていたら机か   

   らパスワードと書かれた紙がでてきました。

   なにか心当たりはありますか?



チヒロ:これ、タブレットの鍵がかかっていた阿久津さんの調査記事の一つのパスじゃないかな?

テンマ:(タブレット操作をしながら)ビンゴ! 一番初めの記事のロックが解除されたぞ!

ユウ:阿久津さんが何を調べていたのか……さっそく読んでみましょう。

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