第2話 災厄の黒龍

「テメェ、みおから離れやがれっ! っていうか、さっき名前で呼ばれてなかったか!? あァ!?」


 アデルの怒号が食堂に響く。

 逆ギレ以前の問題だが、怒り心頭とはこのことだな。


「いや、そうしたいのは、山々やまやまなんだが……」

「ん、ふふふ……」

「この馬鹿力がっ!」


 澪を引きひきがそうとしても、更にへばりつかれてしまう。

 怪我けがをさせないようにどうにかするのは、ちょっと無理そうだ。


「あ、あきら竜ヶ崎りゅうがさきさんが? あれ? あは、っ……っ!? あばばばばばばっ!?」


 デリックは思考停止フリーズ中。

 馬鹿で助かった。

 微々びびたるものでも、向けられる矛先ほこさきが一つ減るからな。


 でもこのまま平和にランチになんて行けるはずもなく、俺は現在進行形でポンコツ化している澪との関係を語る羽目はめになった。


 といっても、プライベートなやり取りまで言いふらすつもりはないし、口にしたのは二つの事実だけ。


 一つ目は、俺と彼女が生まれた時からの幼馴染であること。

 二つ目は、小中高と学校が一緒であること。


「テメェ、澪の弱みを握って、そうやって引っ付かせてんじゃねぇのか!? いくらテメェが落ちこぼれって言ったって……」

「誰も関係を知らないのがおかしい? 心外だな。コイツ間抜まぬづらが演技に見えるのか?」

「ふぇ、えへへ……」

「ぐぎぃ、ぉっ!?」


 今回ばかりは、歯噛はがみするアデルの疑問は、もっともかもしれない。

 だけど、このエデンにも小・中学校が同じだった奴は少なからずいる。誰も知らないってことはないはずだ。


 じゃあ、どうしてうわさになっていないのかといえば、そもそも俺たちが高校に上がってからまだ二ヵ月も経ってないし、澪とはクラスすら違う。

 みんな高校デビューに夢中で、うわさが広がる土壌どじょうすらできてないってことだろう。

 いくら澪が有名人とはいえ、所詮しょせん他人事たにんごとだしな。


「ざけんじゃねぇ! テメェみてェな落ちこぼれが澪と釣り合うわけねェだろうが!」


 アデルは制服の袖口そでぐちをまくり、金色のブレスレットを見せつけながら、またも激昂げきこうした。


「っ、あれが、専用機……」


 と、誰かがつぶやき、アデルはそれに気を良くして冷静さを取り戻したのか、俺を非難ひなんするような鋭い眼差しを向けて来る。

 一応、怒りは引っ込んだらしい。


 ただ、まるで正義のヒーローが、とらわれの姫を取り戻すと言わんばかりの態度を受け、デリックとポンコツ姫以外からの視線も冷たさを増した。


 その気もない女にやから同然の態度で絡んでるのはあっちだってのに、これが成績と信頼度の差か。完全アウェイだな。


「コイツが目に入らねぇか? 選ばれた人間である俺や澪にあって、テメェには一生縁のないもんだ! なァ、落ちこぼれ君よォ!」


 まあ今の社会では、特装兵士ソルダートとしての能力と専用機の有無が、奴を選ばれた人間だと錯覚さっかくさせるほどのステータスになり得るのは事実だが――。


「……よくもまあ、突然宿った訳の分からない力と、他人から貰った開発途中の試作兵器をそんなに嬉しそうに誇れるもんだな。その能天気のうてんきさがうらやましいぐらいだ」

「あァ!? テメェの才能がカス以下なのをひがんでんじゃねぇよ! 俺は覚醒した人類だ! 旧世代の老害共とは次元が違う!」

「こんな魔法もどきの力一つで……か? 大した思い上がりだな」

「良い度胸どきょうだ! 表に出やがれ! テメェのカス以下のエレメントと、俺様の最強エレメントの差ってやつを叩き込んでやる!」


 シュラウドは術者のエレメントを動力源とする兵器。

 戦車や戦闘機と同じで、色んな国や企業が研究開発にはげんでいる。

 それどころか、今はシュラウド開発が資本主義の中心にあると言っても過言じゃない。


 であれば、かつての人気タレントやスポーツ選手と同じく、将来有望な生徒個人にスポンサー企業が付くのは、自然な流れだろう。

 現に、学園側も企業と生徒のスポンサー契約を推奨すいしょうしていて、成績優秀者である澪やアデルは、それぞれ企業独自の新技術が取り入れられた高性能シュラウドを持っている。


 それに対して一般生徒は、学園の訓練機を借りるのですら、熾烈しれつな順番待ちを強いられている有様ありさまだ。

 九割以上の生徒が使い古された訓練用の量産機を取り合うかたわら、自分専用の機体を持たされるのだから、確かにエリートと言って差し支えない。


 でもいくら自分専用シュラウドが手元にあろうと、大本の所有権は企業側にある。

 要は企業技術の広告塔こうこくとうねた、データ取りのテスター要員でしかない。


 その金色のブレスレットだって、大人の思惑おもわく一つでいつ没収されるか分からないし、命令で戦場に送られたら命懸けの実地じっちテストに突入だ。


 生き残れば、そんな日々の繰り返し。

 もし自分が戦場で死ねば、そのデータをフィードバックした新たな機体が次のテスターに受け継がれるだけ。


 所詮しょせんは、エレメントという出自の分からない力を解明するための人柱。使い捨ての少年兵に過ぎない。

 いて言うなら、優秀な実験動物モルモットとして認められたから、専用シュラウドを持たされたってところか。

 もちろん、大多数の研究者はちゃんと世界を救うために頑張ってるはずだし、ここまで極端なマッドサイエンティストはいないと信じたいがな。


「お、おい、暁……」

「そんな顔するな、デリック。いつもみたいに飄々ひょうひょうとしてりゃあいいんだよ、お前は……」

「あァ? 情けなく二対一にしてくれってか? 落ちこぼれ二匹が群れたところで、俺が蹂躙じゅうりんしちまうことには変わりねぇがなァ!」


 居心地いごこちが悪そうなデリックを見て、アデルがあおるようにえる。


「そーだよ、さっさと謝っちゃいなよ」

「ねー、アデル君に勝てるはずないんだから、早く楽になっちゃえば? それそれそれ、それっ! 土下座! フゥ! 土・下・座! フゥ! ど・げ・ざぁ!」


 とらを借りる、何とやら。

 取り巻きの女子たちが手拍子てびょうしを始め、土下座コールが湧き起こった。面白半分としてもたちが悪いが、正直驚くようなことでもない。


 ティタネスに立ち向かえるのは、特装兵士ソルダートだけ。

 だから自分たちは、人類の希望。

 旧人類の大人より価値ある新人類である。


 今の社会の根底こんていには、こんな思想が根付いている。

 その上で、これだけプライドが肥大化ひだいかした同年代が一ヵ所に集められたら、親世代の比じゃないカースト争いが起こるのは避けられない。


 過度なストレス社会で性根しょうねがねじ曲がった結果が、猿のように手を叩いてはしゃいでいる連中だということだ。

 無論、時代が根付かせた選民思想の被害者と言うには、この連中はゴミクズ過ぎる。


 とりあえず正当防衛・・・・ぐらいは、させて貰おう。


「――まあいい、成績は落ちこぼれで上等だが、売られた喧嘩けんかは買う主義だ。全員を相手にすれば、食前の運動ぐらいにはなるだろう」

「テ、ッ……メェッッっ!!」

「お、山羊やぎのものまねか? 声が野太いな。気持ち悪い」

「ざけんじゃねぇぇっ!! “シュテルクスト”ォォッ!!!!」


 アデルが叫ぶ。黄金のブレスレットが光り、身の丈ほどもある戦斧へと姿を変える。

 その光景を目の当たりにした瞬間、取り巻きたちのバカ騒ぎが収まり、集団に恐怖と動揺が広がっていくのがはっきりと分かった。


「あ、アデル君っ!? いくらなんでも……」


 シュラウドはれっきとした軍用兵器だ。

 隣の人間が人の往来おうらいで、ロケットランチャーやガトリングを持ってキレ始めたら、頼もしさよりも怯えが勝る。

 取り巻き連中が正気を取り戻したのは、そういう理由だろう。


 さて一応は、さっきの土下座コールに参加してなかった数少ない善良な生徒に悪いし、彼らを巻き込まずに、この下半身直結男をぶちのめすためには――。


『――Tティタネスセンサーに敵影てきえい! 反応、多数接近!』


 突然の校内放送と共に、あちこちからアラートが鳴り響く。

 もうアデルなんかに、構っている場合じゃない。

 俺は一瞬で思考を切り替え、オペレーターの声に全神経を張り巡らせる。


『“軽量体フライヤークラス”が九体、“中量体ミドルクラス”が一体。計一〇体の編隊へんたい……いや、もう一つの反応……大きいっ!? これは、“重量体ギガトンクラス”!? “フェルニゲシュ”です!!』


 悲鳴の如き勢いで内容を伝えられた瞬間、自分の背筋に冷たいものが走ったのが、はっきりと分かった。


 ティタネスとは、あくまで“高次元侵攻生物”の総称であり、一個体に付けられた名称じゃない。

 他の動物や魚と同じく、新種が確認される度に個別の名前が付けられていく。


 そしてオペレーターの女性が口にした、“フェルニゲシュ”という個体を知らない人間は、恐らくこの世界に存在しない。


 なぜならフェルニゲシュとは、人類が最初に確認したティタネス。

 片手間に米軍の原子力空母を何隻なんせきも沈め、人類に最初の敗北をもたらした相手なのだから。


 しかもその後に何度かの交戦を経ても、やはり人類は歯が立たず、決死の核ミサイル爆撃すら無意味。

 雄大に翼を広げて、核の爆炎の中を無傷で飛ぶ過去の映像は、特装兵士ソルダートを目指す誰もが一度は目にして、トラウマになるほどだ。


 つまり知名度も、強さも“重量体最強クラス”。

 そんな災厄の黒龍が――。


『は、反応は……学園直上・・・・ですっ!』


 すぐそこまで迫っている。

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