第2話 落ちて来た少女
「煽りですか?」
『貴女の個性に合わせたらこうなりました』
「もっとこう……強いスキルとか無いんですか? 炎とか雷とか……」
『マイナー神の私ではこれが限界で……』
「世知辛い……」
『私の事はどうでも良いのです。それより落ちて来た少女は?』
「あ、そうだった……!」
伊織は未だ尻もちの姿勢で呆然としている少女の目の前に駆け寄る。
小柄で痩せた体躯。
銀色の髪。
紅と紺碧のオッドアイ。
背中に生えたコウモリの様な翼。
妙に身形の良い……しかし首から下の露出が全く無い服装と先端に筒が取り付けられた金属棒。
そして……同性の伊織であっても見惚れる程美しい少女だった。
「あ、あのー……」
「あ……」
伊織は少女の目の前で手を振りながら声を掛ける。
少女は伊織の声でハッとした様に目を見開いた。
「生き、てる……?」
「え、はい……?」
「本当、に……っ」
じわり、と少女の瞳から涙が溢れる。
「え、ちょっと……?」
「うっ、ひぐ……ふぇぇぇ……っ!!」
少女は伊織に縋り付くと、堰を切った様に泣き始めた。
「どっ、どどどうしましょう……!?」
『撫でてあげては?』
「はい……!」
伊織は少女を抱き寄せると、羽根に注意しながら背中を優しく擦った。
「よしよし、もう大丈夫ですよー……」
「……っ! ひぐっ……!」
「大丈夫、大丈夫」
「う……うぅ……!」
伊織の呼びかけと背中の暖かさからか少女は徐々に落ち着いた様で、伊織の胸元から顔を離し涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を拭った。
「落ち着きました……?」
「……うむ」
「それは良かったです……あ、私の名前は雪谷 伊織って言います」
「妾は……」
「姫様!」
少女が口を開いた瞬間、人混みを掻き分けて2人の女性が近付いてきた。
1人は軽装の女剣士。顔や腕に傷があり、右の袖は結ばれていてそこに腕が存在しない事が窺える。
もう1人は典型的なメイド服を着た女性。
明らかにこの少女の関係者だ。
「ち、違います! 私が泣かした訳では……!」
「はい? あぁ、分かっていますよ。姫様が落ちている所は見ていましたので。
姫様を助けてくださったのですね? なんとお礼をすれば良いか……」
「姫様、お鼻ちーんしてください」
メイドにハンカチで鼻水を拭われる少女を横目に見ながら。
伊織はホッと胸を撫で下した。
こんな異世界の地で明らかに戦闘慣れしてそうな帯剣している人の機嫌を損ねたくない。
「ん、んん……そこの。ユキタニ イオリ、と言ったのぅ?」
「はい。お怪我はありませんか?」
「うむ、其方のおかげじゃ。妾はエステル。
ヴァルドハイム王国第一王女、エステル・リア・ヴァルドハイムである!」
「……お姫様!?」
助けた相手はまさかのお姫様。
やけに綺麗な服を着ていたり、口調が尊大だったりはその為か……と伊織はいやに納得した。
「うむ。そちらは妾の護衛であるザフィアと、メイドのミレーヌじゃ」
「はぁ……そんなお姫様が何故上空から?」
「知りたいか? 知りたいじゃろうのぅ?
くふふ、ならば見せてやろう! 『バン・ト!』」
エステルが一言呪文を唱えると、右手に持っていた鉄の棒……その先端に取り付けられた筒から青白い光が放出された。
「『フライ!』」
エステルが鉄棒の出っ張りに足を掛けると、その身体は勢いよく空へと舞い上がる。
「おぉー!?」
「ふはははは! 凄いじゃろ!
これこそが妾の発明した飛行補助箒と飛行魔法じゃ!」
エステルはドヤ顔で飛び回り、やがて満足したのか徐々に高度を落としていく。
一方伊織は、バントフライなんて縁起悪いな……と、そんな事を考えていた。
「ふぃー、やっぱり飛び回るのは楽しいのぅ!」
「飛べる理由は分かりましたけど、じゃあ何で落ちたんです?」
「う、む……ワイバーンじゃ」
「ワイバーン?」
「妾は故あってスターシュまで赴いたのじゃが、そこでワイバーンを見掛けてな。
奴の相手ならば空を飛べる妾が適任であろう?」
「そうなんですか?」
「そうなのじゃ。妾はスターシュの市民に被害が出る前に追い返そうと応戦した。
結果、撃退には成功したが……奴が退却した瞬間に振った尻尾が、箒の先端をかすめ吹っ飛び一瞬意識を失い……」
「墜落、と。無事で良かったです」
「うむ! して、イオリよ」
「はい?」
「お主は勇者じゃな?」
「な、何故それを……!?」
「魔法学校も近くにないのにこの服装。
更に独り言……担当神と会話をしておったのじゃろう?」
「当たり、です」
「うむ! イオリ、大義であった!
何せヴァルドハイム王国の王女を救ったのじゃからな。
そこで、礼とスカウトを兼ねて妾の国に招待しよう!」
「お礼と……スカウト?」
「特殊な能力を持つ勇者はどの国や組織も喉から手が出る程欲しい人材なのじゃ。
こうして出会えたのも何かの縁……一度ヴァルドハイム王国へ来てはくれぬか?」
「えっと……」
「駄目か……? 賓客として精一杯もてなすと約束するぞ?」
怪しい、怖い、という思い。
エステルの言う通り勇者を求めているのなら、すんなりと解放してくれるかも分からない。
しかし、彼女の不安そうに潤んだ瞳が。
縋る様な表情が……伊織の庇護欲を容赦なく刺激した。
「分かりました……お招きを受けましょう」
「……そうか!」
ぱっ、とエステルの顔が華やいだ。
それを見て伊織も釣られて顔を綻ばせる。
「くふふ、勇者を連れて来たとあらば父上もさぞ喜んでくれるに違いない!」
父から褒められる事を期待し、笑顔を浮かべるエステル。
慣れない異世界と言えど、こんなに純粋な子供の言うことなら騙される覚悟で信用するのも悪くない、と伊織は思った。
◇◇◇◇◇
「何だそのスキルは? そんな弱い勇者なぞ要らぬ!」
「……へ?」
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