第2話
「じゃあ、また明日。」
そして私は教室を出て全速力で美咲がよく溜まっている空き教室へ向かった。廊下の壁に貼られた多くの張り紙。その中で犯罪防止のポスターが目に留まる。少し下に目線をやると『北条美咲』と書かれている。美咲は昔から絵が上手くて、おまけに勉強、運動力も彼女に味方をしている。
案の定、美咲は空き教室でぼーっとしていた。美咲はこちらに気がつくと、ニヤニヤとした顔でこちらを見てきた。
「で、昨日の話、どうなったの?」
私の返答に期待した様子で美咲は聞いてきた。
「…誠司君と伊佐咲祭デート、します」
「やるじゃん!」
拍手をして口笛を吹く美咲を軽くあしらって私は続ける。
「まぁただ、付き合うことは出来なさそう。」
私は先程の出来事を美咲に全て話した。
「うーん。なんか包みのある言い方されたのね〜」
「…まぁ一緒に祭行くことにはなったし…」
「てか夏海もその性格でその場面でよく引かずに押したね〜」
伊佐咲祭。
私が住んでいる地域での言い伝え。昔から災害の被害が多々あったこの地域では10年に一度、8月31日、伊佐咲神社に一人の6〜10歳ほどの女の子を『伊佐咲の乙女』として祀り、崇め、災害を防ぐ者として扱われてきたというものだ。この言い伝えが広がってからここ一帯一度も災害の被害に会うことは無かったらしい。
美咲は話を続ける。
「伊佐咲か〜そういえば今年新しい乙女が祀られるんだっけ?」
「あ〜そういえばそうだったね。」
「今高一だから…私らが五、六歳の頃に祀られて以来なのか〜」
「そんな前かー。時の流れって早いね」
「あん時、私の兄貴と一緒に三人で祭回ったよね〜。懐かしい〜」
「あぁそれと、夏海覚えてる?アンタ、迷子になって同級生くらいの男の子に助けてもらってたこと。」
「もうあの時夏海涙で顔ぐしゃぐしゃになってたんだよな〜」
「首の傷もその日からだっけ?木にかすったかも〜って。」
「もういいってその話〜恥ずかしいから」
「てか詳しく聞いてなかったからあれなんだけど、あの男の子はどういう経緯で夏海を私の所に連れ戻してくれたの?」
「あぁそれは…」
今でも遡ればまあまぁ覚えているあの祭の記憶。と言ってもはっきり残っているのはあの時の男の子との会話だけ。
「迷子になっちゃったの?」
「うん…ともだちとはぐれちゃった。」
「じゃあ僕がいっしょに探してあげるよ。」
「…もうすぐ花火があがるけど、君は誰と見るの?」
「僕はその時別の用事があるから花火はみないよ。」
「あ!あそこにいるの美咲だ」
「ともだち?あ、こっちに向かってくる」
「…私が鳥居の前で泣きじゃくってたら声を掛けてくれたのが始まり。」
「へぇ〜幼いのになかなかやるね〜」
「その子は誰と来てたとか言ってなかったの?」
「わかんない。花火誰と見るの?って聞いても『僕は別の用事があるから』って言ってたからね〜」
「…ねぇ、その男の子が今この学校に居るとするならどうする?」
突然美咲はニコニコしながら聞いてきた。いや。彼女にはやっぱりニヤニヤという単語が似合う。
「…名前も知らないし、どうにもならないよ。新しく好きな人出来たわけだし。」
「あれ、中学の時アンタ好きな人居たっけ?」
「いや、ずっと前から同じ人好きだったから…」
「えーちょっと待って初耳なんですけど!?だれだれ!?」
「なんで教えてくれなかったの!」
「ずっと好きな人居ないって言ってたじゃん!!今回が初恋だって!!」
「ちょ声デカイ…」
全方向から美咲の圧がかかる。
「その…祭の時の男の子。」
「…そんな前の恋ずっと擦ってたの?!」
「はぁ〜あの時夏海はあの男の子にキュンとした訳だ。はぁ〜」
「おじさんみたいな反応やめて」
「じゃあ待って、私は夏海があの時あの男の子に恋してたことも、夏海に実はずっと好きな人がいたことも、その恋が十数年続いてたことも、何も知らなかったって訳?」
「まぁそうなるね。」
「やーんもうなんで教えてくれなかったの〜!」
「…いや、その、恥ずかしかったから」
「誠司君好きなのは教えてくれたのに?」
「だって名前も知らない相手に恋してるなんてバカげてるじゃん。」
「じゃああの時だけでも好きになったって教えてくれば良かったじゃん?」
いきなり冷静に質問攻めしてくる美咲に戸惑いながらも時計を指さして言う。
「…あーほら、もうそろそろ完全下校時間だよ」
「え〜うっかり。じゃ続きはまた今度ね。」
「美咲のことだから帰りも始まるのかと思ったら今日は引き下がるのね。」
「あーいやいやまだまだ話し足りないのはやまやまなんだけど明日兄貴の誕生日で今日のうちにスーパーとか花屋とか色んなとこ回んないといけないからさ。」
「おめでとうございます。」
「笑。伝えとくわ」
「…じゃあまたね〜!今度は恋バナ二時間コースだから!!」
そう言って美咲は走り去って行った。
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