完璧な人生が、裏切りで壊れた日 〜俺の復讐は、誰も救わない〜

@flameflame

第1話

リョウは、太陽に祝福されたような男だった。まだ20代後半だというのに、彼の名前を知らぬ者は法曹界にいなかった。大手法律事務所「清和法律事務所」のエースとして、難解な案件を次々と解決に導き、その弁舌と明晰な頭脳は「若き獅子」と称賛された。彼が手にした地位と名誉は、努力と才能の結晶であり、誰もが羨むものだった。


そして、彼の隣には、完璧な妻、ミオがいた。ミオは、リョウの幼馴染であり、大学時代から共に歩んできた。すらりとした手足、長く艷やかな黒髪、そして知的な眼差し。彼女はただ美しいだけでなく、リョウの仕事への理解も深く、彼が多忙な日々を送る中でも、常に寄り添い、支え続けてくれた。二人の結婚は、まさに絵に描いたような理想の形だった。


ある日の夕暮れ、リョウは事務所のカフェで、いつもとは違う胸騒ぎを覚えていた。その日は珍しく、ミオが彼の帰りを待たずに先に帰宅すると連絡があった。少し寂しさを感じながらも、リョウは残務を片付けるためにPCに向かっていた。ふと、コーヒーを淹れに席を立った時、耳に飛び込んできた会話が、彼の日常を一変させた。


「ミオさん、この間のホテル、どうでした?」


低い声で、茶化すような口調。それは、リョウが最も尊敬する上司の一人、タナカのものだった。タナカは、事務所の重役であり、リョウの才能を高く評価し、彼を厳しくも温かく指導してくれた恩師のような存在だった。リョウは、彼の言葉に耳を疑った。ホテル?ミオさんと?


次に聞こえてきたのは、ミオの声だった。いや、ミオの声に酷似した、甘ったるく、とろけるような響きだった。


「もう、タナカさんったら。バレたらどうするんですか?」


リョウの心臓が、ドクンと音を立てて波打った。脳裏に、先日ミオが体調不良を訴えて早退した日のことが蘇る。彼は心配して何度も連絡を入れたが、ミオは病院で検査を受けているから大丈夫だと、曖昧な返事しかよこさなかった。あの時、彼女はタナカとホテルにいたのか?


足元から、急速に冷気が這い上がってくるような感覚に襲われた。リョウは無意識に、声のする方へと足を進めた。カフェの奥まった席に、タナカとミオが座っていた。二人は、顔を寄せ合い、親密な雰囲気を醸し出していた。タナカがミオの髪を優しく撫で、ミオがそれに甘えるように微笑む。その光景は、リョウの想像をはるかに超えるものだった。


「まさか、リョウ君にバレるわけないさ。それに、君のおかげで、彼もしばらくは昇進できないだろうしね」


タナカの言葉に、リョウの体中の血が凍りついた。昇進できない?どういうことだ?リョウは、次期パートナー弁護士の最有力候補として、数ヶ月前からその話が持ち上がっていた。タナカはその推薦者の一人であり、リョウもそれを信じていた。


「ええ、リョウは真面目だから、私に夢中になって仕事がおろそかになっているって思っているみたい。タナカさんの作戦通りですね」


ミオの、どこか冷めた声がリョウの耳に届く。その瞬間、彼の目の前に広がっていた世界が、音を立てて崩れ落ちた。尊敬していた上司と、愛していた妻が、裏で手を組み、自分を陥れようとしていた。彼らの関係は、単なる不倫ではなかった。それは、リョウの全てを奪い去るための、巧妙な策略だったのだ。


リョウは、その場に立ち尽くしていた。怒り、悲しみ、絶望。あらゆる感情が混ざり合い、彼の心臓を締め付けた。震える手で、リョウはスマートフォンを取り出し、二人の会話を録音し始めた。彼の表情は、もはや「若き獅子」の面影はなく、深い憎悪に染まっていた。


その夜、リョウは帰宅しなかった。ミオからの連絡にも、一切応じなかった。彼は、ホテルのベッドに横たわり、天井を見つめていた。頭の中では、タナカとミオの声が、何度も繰り返し響く。リョウの胸には、燃えるような憎悪が渦巻いていた。


「許さない。絶対に、許さない…」


静かな夜に、リョウの低い声が響いた。それは、かつて彼が持っていた輝かしい未来を打ち砕かれた男の、深く、冷たい復讐の誓いだった。彼は、弁護士としての知識と、これまで培ってきた人脈、そして何よりも、この胸に宿る憎悪を糧に、二人の裏切り者への復讐を計画し始めた。彼の未来は、もはや彼自身の意志ではなく、復讐という名の暗い炎に導かれていくのだった。

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