第3章 身分違いのアイドル

第1話 身分も距離も遠すぎる

こんな所…私には場違いだよ…

王族の皆さんに、モデルさんに、魔法使いに、歌の天才少年に、アイドルバンドなんて華々しい人達が集まる、ハミング王国の世継ぎのお嬢様の命名セレモニーだなんて…


私はバイオレット、ネコの獣人。

10年前、12歳の頃に身寄りがなくなり彷徨っていたところを、王位に就く前で偶然ハミング王国にいらしていたエルフ王ミハエル様に拾っていただき、彼の身の回りのお世話をさせていただいている。

付き合いの長さからか侍従の中でも特に重宝していただいており、このような社交の場にも付き添うことが多いが

…さすがにこんなに大きなセレモニーは初めてだ。

二次会にまで呼ばれて戦々恐々だよ…

ミハエル「今日はお招きいただいたお礼に、エルフ王国名産のフラワーティーをお持ちしたんですよ。

     バイオレット、皆さんに入れてさしあげて」

バイオレット「はい」

ボブ「あっ、給湯室はこちらです」


さすが宮廷のティーカップ、抜けるような白い陶器に、様々な花が金の縁取りの中に描かれている。

私がフラワーティーを配ると、さすが王族の皆様は品良く飲み始め(ボブ王子は見様見真似感が出ていたが)、ルイスくんも13歳の割には品が良かった。

コーディさんとクロードさんは脚を組んで気取ったポーズだが、妙にサマになっていた。

カミールさんとオットーさんはいかにも美味しそうにすすっている、という感じだった。

そして最後は…

バイオレット「はい」

ローレン「ありがとう」

どきっ。

ただでさえ金髪ロングストレートヘアにすっきりとした端正な顔立ち、小顔でスレンダーな出立ちなのに、笑顔も嫌味なく爽やかで、まるで絵本の王子様に微笑まれたかのようだった。

彼が飲む姿を凝視せずにはいられなかった。

ローレン「おいしいですね、ジャスミンティーみたいなものかと思ってたけど、もっと色々混じっててフローラルで」

バイオレット「あっ、ありがとうございます…」

頬が赤くなるのは

…熱々のフラワーティーのせい?


ハミング王国とコレオ王国の要人に囲まれる緊張はミハエル様にもあるようで、彼は右手でさりげなく私の毛並みを撫で始めた。

ボブ「おやおや、人前で女性をお触りだなんて、ミハエル様も大胆ですねえ」

バイオレット「そんなんじゃないですよ!

       ネコの獣人は、毛並みで癒しを与えるのが種族の美点ですから!」

アナベル「なるほど、ボブが血を吸うのと同じ…

     てっきり彼女さんかと思いました」

ミハエル「僕は結婚する気はないから、彼女も作らないのです。

     エルフ王が血統ではなく実力主義なのも、エルフの魔力の強さは全く遺伝性ではない所にありますし。

     恋愛や子育てをする時間があったら、この魔力で様々な人を救うのが使命だと思っていますし。

    このご時世に、激務を理由に子供だけ作って家庭ノータッチというのも世間に色々言われて煩わしいのでね」

コーディ「なるほど。ご立派な理由です。

     そんなじゃないのに、30歳過ぎても全員独身のどっかのアイドルバンドとは違いますわ」

オットー「だって、今はなんとか芸能活動一本で生活できてるけど、結婚してファンが減ったらやばそうで」

カミール「でも、ローレンくんは…」

ローレン「そうなんですよ! 子育てしたい気持ちがあるから迷うんです!

     今34歳で、35歳になると数字から受ける印象変わって妙齢の女性に避けられそうとか、後々の体力とか子供の成人年齢とか考えると、結婚決めるなら絶対今なんですよね!」

ボブ「アナベルが見惚れるほどの容姿を持ちながら、地に足ついてるなあ」

ルイス「でも、なんだかんだ、ローレンさん側が本気を出せば、大抵の女性は振り向かせられそうですけどねえ…」

ローレン「うーん、今好きな人もいないし、決め手がないんですよね」

ボブ「モテるのは否定しないのが凄え!」

なら、結婚相手に名乗り出ちゃおうかなあ

…いやいや、今日出会ったばかりの相手にそんなこと、いかにも見た目で選んだみたいだ。

仮にOKが出たとて、いきなり結婚しても私の為にもならないし、まずはデートを重ねてからと言ったって、国を隔てていてはそれもままならない。

そもそも、アイドルバンドで食べていけて、アナベル姫ですら見惚れるほどの美貌を持ち、そのうえ国を救った一員という栄誉もある人間が

…わざわざ獣人で侍従の私を選ぶわけがない。


後ろ髪を引かれつつエルフ王国に帰って、2ヶ月後。

今朝もミハエル様は、ソファで朝刊をお読みになっていた。

「人間界はパンデミックで外出自粛、会社や学校にすら行けない、買い物も最低限以外遠慮するという状態なのだな」

「大変ですね…」

ブラッシングしながら相槌を打つ。

そんな状態じゃ、テレビや雑誌の撮影、ましてやライブなんて…

王族の方々は寧ろ政策作りに忙しいかもしれないが、あの宿屋をやってるという魔法使いの方や、芸能人の方々はどう生計を立てているんだろう…

「まあ、うちの国民に完全な人間はいないから、もし人間がこっちに来ようが、元の国民には感染しないから安心だけども」

「本当だ、その点ボブ王子はほぼヴァンパイアだから感染症にならない、王族の公務を壊滅させない安心の逸材!とか書いてありますね…」

「お子さんができた時は、王族にヴァンパイアの血が混じるなんて!と文句を言う連中がいたくせに、本当に愚民というものは調子がいい。

 そこにくると、バイオレットはいい娘だよ。

 毛並みの手入れなど僕の魔法で一発なのに、僕の魔力を少しでも消費させまいと自分でするのだから。

 他にも色々と気が利くし、いつも助かっているよ。

 でも、何か他の目標を見つけたらいつでも辞めていいんだよ、助けたからって自分の飼い猫であるかのように縛る気はないからね」

「あ、ありがとうございます、でも今のところそんな予定は…」

その瞬間、目の前の金の扉がギギギ…と開いた。

「おや、半年前にハミング王国の御一行が突破したのに、もう次の突破者が現れるとは、最近は外国に賢き者が多いのだな」

扉の向こうにいたのは…

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