第3話 命をいただくということ

…あれっ。

生きてる。

よくよく見ると、クマが飛びかかってきた瞬間、ボブは槍を突き出していたらしく、その槍がクマの心臓を貫いていた。

ボブ「うおおおお…み、見てくださいよ姫様、す、凄いでしょう俺の槍捌き!」

いやいや、そのリアクション、どう見ても偶然でしょう。

でも。

アナベル「そうね。これで今日の夕飯、助かったわ。

    …ところで、誰が捌くの?」

ボブ「お、俺はもう嫌だよう!

   心臓のぐにゃっとした感じが…槍の先から伝わってきてさあ!」

ボブはひどく返り血を浴び、血の気の失せた顔でガタガタ震えていた。

そうか、ヴァンパイアだって人間の生き血を吸いすぎて死に至らしめることはあるけど

…そういうのが好きな性格でもない限り、心臓を貫くことはそうそうないんだなあ。

ローレン「そうだね、これ以上はボブには酷。

     かと言って、姫様や子供のルイスにやらせる訳にも。

     やっぱり、後に飲食店を持った時のためにも、僕しかないね。

     殺した直後から全部やるとは思わなかったけど…」


ローレンは顔をこわばらせながらも、ルイスの槍で、綺麗な手捌きでクマを解体し始めた。

ローレン「あれ、姫様、そんなに近くで眺めて大丈夫ですか。

     ボブとルイスの所で待っていてもいいんですよ」

アナベル「うん、くこく私は多分、狩りは無理だし、調理まで毎回全部ローレンに任せるのは気が引けるから少しでも覚えようと思って…

   それに…


   これが命をいただくということなのね…

   私がいつも美味しいのまずいのと言ってる肉、全部誰かがこんな風に…見た目も匂いもきつい内臓を処理してるのね…

   なんて贅沢だったんだろう…」

ローレン「姫様はいい国主になりますね」


全員「いただきまーす」

ルイス「…うん、硬いけど、食べられる」

ルイスだって、おこぼれとはいえ、いつも宮廷のご馳走を食べているのに…

こんな幼い子に気を遣わせて…

ボブ「クマの血、まずっ!

   でも、姫様からいただくぶんだけじゃ足りないから、飲んでおかないと…」

そうだ。

ボブは毎日、多くの女性に声を掛けて、少しずつ血を貰って生き延びているのだ。

でも、そんなことはできなくなってしまった…

アナベル「みんな…ごめん。

   こんな生活に巻き込んじゃって…」

ルイス「…いいよ。

    どうせ、あのまま宮廷にいても、みんなに不器用な奴扱いされるんだから」

ローレン「僕も、歌手だけで一生終えるよりは、飲食店オーナーや国のヒーローになってみたいですしね」

ボブ「俺にだってこの後ずっと、姫様の血が待っているんだもんね」

みんな…

アナベル「そうだ、ボブに血、あげないとね」


ボブ「かーーーっ! これが5年間憧れ続け、宮廷に張り付き続けた姫様の血の味かーっ!

   やっぱり品のある方の血は、コクと後味が違うぜ!」

ボブをこんなに高揚させられるとは、と一瞬嬉しくなったが、すぐに我に返った。

私の血って、そんなに美味しいんだ。

だからヴァンパイアの大群に狙われてるんだ。

そして、番兵のみんながー


ボブ「ローレン、俺にも動物の捌き方、教えてよ。

   ほら、血で服がダメになっちゃったからさ、代わりにクマの毛皮を着るんだ」

ローレン「うーん、クマの毛皮は、肝と合わせて売りに行くのがいいと思うよ。

     結構なお金になると思うし、そしたらボブの服だけじゃなくて僕らの着替えも買えるしね」

ボブ「なるほど。

   じゃあ、クマの頭、帽子にしようかな」

ローレン「たしかにそれカッコ良さそうだけどさ、重いよ?」

ボブ「そっかあ」

アナベル「いやいや、おかしいって。

   軽かったら被るの? ロックすぎ…」

ルイス「でもボブさん、宿屋までは何着てくの…?」

ローレン「とりあえず全部脱いで、僕の上着を腰に巻いて下隠せばいいよ」

ボブはふんどしスタイルになった。

ローレンともども上半身裸になった訳だが、よく見ると二人とも物凄い腹筋をしている。

これはローレンも見せびらかしたくなるか…


クマを売れそうな店はもう閉まっているので、最小限に解体したクマを引きずり、ヒイヒイ言いながら歩いていると、待ちに待った宿屋が見えてきた。

アナベル「やったあああ」

ローレン「今日の部屋割りは、姫様とボブ、僕とルイスかあ…」

ルイス「…こっちの部屋、でかい男2人で、ベッド狭そう」

ボブ「たしかに。

   じゃ、今日は姫様と寝るのはローレンでいいよ、俺は明日ね」

ローレン「えっ、いいの」

ボブ「クマを解体、調理、換金して、服まで貸してもらってはねえ。

   俺のクマ討伐はビギナーズラックだしな、くそっ、負けましたわ」

ローレン「いや、別に勝負してるつもりはないんだけど」


宿主「はい、いらっしゃい。

   ここに泊まる全員の名前と年齢を書いてね」

ボブは涼しい顔で、

ハイド(27)

スノー(23)

レイジ(31)

ケン(10)

と書いた。

宿主「きみ大きいねえ、ほんとに10歳…?」

ボブ「す、すみません、字が汚くて6が0みたいになってしまって! ケンは16歳です!」

宿主「なあんだ、そうだよねえ」


ローレン「あはは、身バレ防止の為に全員2歳ずつ若く書いたら、ルイスまで若く書いておかしくなっちゃったね」

ボブ「ルイスは寧ろ歳上に書いた方がいいね」

アナベル「しかし、自分をハイドだなんて、随分気取った名前にしたわねえ」

ボブ「偽名使う時ぐらい気取らせてよ!

   俺だってローレンとかルイスみたいなかっこいい名前が良かったよ!

   なんでこんな妖艶なヴァンパイアが、ボブなのさあ!親っ!」

ルイス「…姫様のスノーもおしゃれ」

ボブ「姫様は純白に輝く雪が似合うお方ですから」

アナベル「ボブ…」

ボブ「真っ白いもの汚すのって興奮するよね」

アナベル「やっぱりサイテー!」

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