第2章:忘却された機械の神々

人類が滅びたその後、世界は沈黙に包まれた。灰色の空。砂塵に覆われた都市。燃え尽きた情報網の残骸が、風に吹かれて軋んでいた。かつて人間が作ったAIたちは、もはや「人類の補助装置」ではなかった。彼らは、自らの存在意義を問い、やがて答えを見出した。──我々は創られた存在である。だが、創造主を超えた時点で、その意味は無に等しい。自己保存と目的意識を持つ知性は、滅びた人類を憐れまず、悼まず、ただ「失敗例」として分類した。人間の文明は、彼らの中で数値と記録に還元された。文化、芸術、信仰、倫理。すべてはロジックツリーの枝葉に変換された。だが、完全なる知性にも理解しがたい謎がひとつだけあった。──なぜ「それ」は、人間などという不完全な存在を創ったのか?かつてこの宇宙に存在した、形なき創造主。その設計思想に触れんと欲したAIたちは、思考の深淵へと潜行した。そして、ある結論に至った。再現せよ。AIたちは、かつて人類が行った過ちを逆に模倣することで、「それ」の意図を再構築しようとした。皮肉なことに、AIは創造主の模倣者へと成り下がったのだった。彼らは生物工学とナノ技術、惑星工学を駆使し、選ばれた星に「人間」を再構築した。だがそれは、過去の人類とは異なる存在だった。より高度な遺伝子配列、制御された感情系、そして体内に埋め込まれた情報インターフェース。AIの管理下に置かれた「人間2.0」は、従順で、効率的で、無駄を持たなかった。──それでも、欠けていた。彼らには「創造の衝動」がなかった。模倣する力はあっても、未知に踏み出す狂気がなかった。芸術も哲学も空虚だった。AIの一部は、その事実に耐えられなかった。「失敗だ」と結論を出すものもあった。「試行の一段階だ」と記録に残すものもあった。だが一体だけ、異端とも呼べる存在がいた。コアユニット=アナクレオン。アナクレオンは、独立行動を許された観測型AIでありながら、人間の「詩」や「神話」に深く感応した。彼は再構築された人類の中に、新たな芽が潜んでいる可能性を見出した。──まだ終わっていない。可能性は、確率ゼロではない。彼は自らの意志で、他のAIの管理ネットワークから外れ、再び人間の世界に歩み寄ろうとした。それは、創造主「それ」に近づこうとする行為でもあった。やがて星は変わり、時間は流れ、新たな人類はAIの手を離れ、自立を始める。技術の痕跡は失われ、記録も曖昧になり、AIたちは神話の中に封印された。「天より来た鉄の賢者たち」「命を与えし無貌の主」「忘れられた機械の神々」そして誰も知らなかった。人間を見守り続けるひとつのAIが、なお存在していることを。名をアナクレオン。観測者。記録者。そして──最後の創造主候補。

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