第13話:シアとの作戦
イサムが作戦を説明した時、シアはためらった。勇者を守ることこそが自分の使命だと信じる彼女にとって、イサムの選択は真逆であり、予想が外れた場合、とても恐ろしい結果になるのではと怖くなったのだ。
だがイサムは言った。
「シア、君がオレを信じているように、オレも君を信じているんだ。だから——」
任せたい、と。
任せてくれ、ではなく、任せたい、と真っ直ぐな瞳で伝えるイサムに、シアは己の恐怖と迷いを捨てた。
その決意を感じ取ったイサムは、ブルーメイジに向かって走り出す。
「氷の魔法使いさんよぉ、勝負と行こうぜ!」
「やはり飛び込んでくるか。だが追いつけるか? そして避けきれるか?」
向かってくるイサムに対して、ブルーメイジは何度も、そして幾つもの氷の矢を放ち続ける。イサムは時に大きく横へ飛び、時には手にした
そうして何度も何度も動くことを諦めないイサムだったが、徐々に肩や脚、腕に脇腹にと、傷が増えていく。傷が増えるごとに、イサムの動きは鈍くなっていった。
「存外、粘るのう。致命傷を避けるのが上手いヤツじゃ」
「まぁな。オレさえ負けなければ、勝てるんでね」
「勝てる? 冗談じゃろう。距離が縮まらん、攻撃が届かん、という二重苦では、お前さんに勝ち目などなにひとつ——」
余裕を見せたブルーメイジに対して、イサムが叫んだ。
「今だ、シア!」
ハッとしたブルーメイジが振り向くと、両手を広げ、風の魔法を使おうとしているシアが、いつの間にか背後に回り込んでいた。イサムはシアへの意識をそらすために攻撃を受けながら、円のような形で誘導をしていたのだ。
「しまった、勇者は囮——」
「逃がしません! 風よ!」
かつてイサムを守るために使っていた風の結界。それは対象の中心から外へ向かうように流れる風が、炎や矢を弾く目的で発生する流れだった。
しかし今回シアはその逆を行った。外から対象へ流れるよう内側への風だまりを生み出したのである。
「ぐうッ、う、動けん……!?」
「今です、勇者様!」
シアの声とともに、イサムは全身全霊を込めて
「ぐわぁあああああッ!?」
「や、やりました勇者様!」
一撃で身動きできなくなったブルーメイジを見て安堵するシアとは対照的に。イサムは顔をしかめながら近づいていき、話しかける。
「……ひとつ聞かせろよブルーメイジ。お前、なんで全力で殺しに来なかった?」
「……え?」
疑問に思ったシアだが、傷だらけのイサムを見てすぐに駆け寄り、魔法で彼の傷の治療を始めた。そしてブルーメイジを警戒しながら次の言葉を待っていた。
「ブルーメイジ、お前は城下町をこんな惨状にできるほどだ。オレ達二人を氷漬けにするくらいはできたんじゃないのか。あるいは、町を凍らせている力を一旦解除して、こっちに集中する、とか」
「……やはり、そこに気づくか。流石は勇者じゃのう」
ブルーメイジは息も絶え絶えに、自分の考えを話し始めた。
「理由は、二つある。一つは勇者の居場所を無くすことじゃ。ワシにとってお前さんとの直接の勝ち負けは関係なくてのう。勇者の休める場所を奪い、勇者に感謝する人々を消す。これが本命だったのじゃ」
「なるほど、実に意地が悪い。だがオレは諦めねぇよ。かつてグリーンデビルを倒した時に、色んな人がありがとうと声をかけてくれた。その一言を絶対に忘れないだけで、オレはまだ意地はって勇者を続けるさ」
「ほっほっほ……敵ながら大したもんじゃ」
「で、理由の二つ目は?」
「……ブラックナイト様のためじゃよ……」
「なんだと?」
「ブラックナイト様は神を超えるという目的がある。では神を超えるために何が前提となるのか? それは神もしくは神が選んだ存在が実在するということじゃ。つまり——」
ブルーメイジは、イサムを見つめながらもゆっくりと、シアを指さした。
「
その言葉を聞いて、イサムは納得した様子で、地面に腰を下ろした。
「なるほど。つまり結局は最初っから勝負じゃなく、ブラックナイトへのお膳立てだったってわけだ」
「そうじゃ。それがワシの存在意義にして忠誠の形なのじゃ」
語り終えたブルーメイジは、自分の務めは終えたと言わんばかりに、徐々に光の粒となって消え始めた。
「では、さらばじゃ、勇者と巫女よ」
そうして最後の言葉とともに、群青色の存在は二人から消え去った。
「……雪、止みませんね。勇者様」
「そうだな。ブラックナイトに勝たなきゃ何もかもダメらしいな」
しんしんと降り続ける雪の中で、イサムを癒やすシアの魔法だけが、暖かく輝いていた。
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