第9話:決着

 少しずつ、本当に相手の間合いを見極めながら近づいてくるグリーンデビルに対して、イサムの意識は別の所にあった。


(殺すって何だ……首か? 心臓か? どういう狙いで刀を振れば良い?)


 そうしてイサムが悩んでいると、不意に祖父の教えが頭の中に響いてきた。


「良いかイサム。剣術の型というのはな、のだよ。型はのだ。言ってることはわからんかもしれん。だが練習していればが身につくのだ。これは剣術に限った話ではない。良いか、イサム。のだ。その身に少しずつでも良い。そしててゆき、最後にを繋いでゆくのだ。そうすることでのだ。忘れるな。のだ」


 イサムは、頭にかかっていたもやが晴れていくのを感じた。

 そして、間合いを詰めてきているグリーンデビルに対し、今度は自分から仕掛けにいったのだ。


「せいやッ!」


 神樹刀ワールドセイバーを思い切り振りかぶり、面を打つよう振り下ろす。


「甘いわ。胴がガラ空きだぜ」


 対してグリーンデビルは、自分が打たれるより速いと読んで、イサムの腹めがけて右手で突きを繰り出した。


「だよな! オレもそう思ってた!」


 その突きを、イサムは振りかぶった神樹刀ワールドセイバーをそのまま頭に打ち付けるのではなく、持ち手の柄の部分で拳を打ち下ろすように叩きつけた。頭を狙ったのは、最初から見せかけだったのだ。


「ぐあっ!? だが、それでは貴様の顔が無防備だ!」


 わずかに怯んだグリーンデビルだったが、体勢は崩れておらず、今度は左手でイサムの顔を狙い、拳を繰り出した。


「それも想定のうちの一つだ!」


 イサムは冷静に、相手の右手を打ち据えた得物を全力で水平に薙ぎ、グリーンデビルの左手を弾いた。


「うぐっ! ならば——」


 弾かれた勢いを逆に利用し、グリーンデビルは体を大きく回転させた。再度の回し蹴り狙いであった。


「やっぱな。アンタの狙いは素直すぎる」


 猛烈な勢いで迫る蹴りを、イサムは冷静に身を屈めて躱した。

 そう、グリーンデビルはイサムにとどめを刺そうとする時、常に頭を狙っていたからだ。


「このまま、勝たせてもらう!」


 回し蹴りを躱し体勢を低くしたイサムが取った行動は、神樹刀ワールドセイバーを思い切り横に薙ぎ払う、足払いだった。


「不覚ッ! この体勢は——」


 直撃を避けられなかったグリーンデビルは仰向けに倒れた。咄嗟に両腕を交差させ、顔を守ろうとするものの——


「押し通すッ!!」


 イサムのによる全力の刃の振り下ろしの前には、無力だった。

 グリーンデビルの頭蓋に、神樹刀ワールドセイバーが見事に命中したのだ。


「流石……勇者と認められただけのことは、ある、な……」


 それ以上、グリーンデビルが声を発することはなかった。だがイサムの目には、彼の口の動きがはっきりと確認できた。


 見事だった、と。


 最後にそう残したグリーンデビルの性根を感じ、イサムは感謝の念を抱いていた。


(ありがとう。アンタのお陰で、オレは忘れていた本来の努力を思い出せたよ)


 イサムが勝ったのは。ただただ祖父の教えの通りならい、そのに、自分の背後にある砦と、そこにいるシアを守りたいと強く願って神樹刀ワールドセイバーを振るった結果、グリーンデビルが負けたという結末が生まれただけなのだ。

 そうして、緑の悪魔が倒れ、勇者が悠然と立っている。

 その事実を認識し始めた砦の方から、徐々に歓声が上がり大きな称賛へと変わっていった。


「ゆ、勇者様ーーーーーーーーーー!」

「ああ、シア! 大丈夫、今戻るよ!」


 砦からの一際大きい呼びかけに応え、イサムは帰ろうと動き出す。

 そして歩きながら、この一戦を通じて肝に銘じていた。


を忘れるな。守るために。そして絶対に溺れない。勝つことの喜びに)


かくして、ブラックナイトの配下ひとりが敗れ去り、勇者はまたひとつ、歩みを進めるのだった。

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