第12話 『今日も犬のように働いた』

 文化祭当日、会場は大盛況で、準備の成果が見事に花開いていた。神崎会長は、冷静な表情を崩さず、指示を出し続けていた。彼女の目は、飾り付けの最終調整を見守りながらも、心の奥底では風間くんの献身的な働きぶりをしっかりと見ていた。


「風間くん、そちらの飾り付けはもう少し高くしてちょうだい。バランスが悪いわ。」と、彼女は淡々と命じた。彼は少し戸惑いながらも、「はい、わかりました」と答え、素早く動き出した。


「それから、そこの紐の結び目、もう少しきつく締めて。緩んでると危ないわよ。」と続けると、風間くんは一生懸命に指示に従い、黙々と作業を続けた。


彼女は、まるで犬に命令するかのように、冷静かつ厳しい口調で指示を出し続けた。


「もっと積極的に動きなさい。あなたの意見も役立つのだから、遠慮せずに提案してちょうだい。さあ、次はあれを持ってきて。」


風間くんは、少し驚きながらも、「はい、すぐに」と答え、指示されたものを素早く運びながら、彼女の期待に応えようと努力していた。


「いいわ、その調子。あなたの働きはとても頼もしいわよ。もっと気を抜かずに、完璧を目指して動きなさい。」と、彼女は冷静に、しかし少しだけ厳しく言うのだった。


 会場の喧騒の中、風間くんは少し息をつきながら、奈々に声をかけた。


「なあ、奈々。さっきの飾り、もうちょい高くした方がバランス良くなると思うんだけど、どうかな?」


 奈々は飾りをちょいと直しながら、気軽に答えた。


「うーん、確かにそうね。もうちょい高さ出した方が見栄え良さそうだわ。風間くん、次はあの飾り、ちょっと高めにしてみてくれる?」


風間くんはニヤリと笑って、「おっしゃ、任せとけ」と答え、さっそく動き出した。奈々さんは、彼の様子を見ながら笑いながら言った。「そんなに張り切らなくてもいいわよ。始まったばかりなんだから」


風間くんは照れくさそうに、「楽しいから」と返しながら、ささっと作業を続けた。少し休憩を挟みながら、奈々はふと笑顔で言った。「風間君、ほんとに頼りになるな。神崎会長もきっと喜ぶんじゃない」風間くんは照れ隠しに、「そりゃあ、俺も頑張るさ。でも、奈々のおかげだよ。お前がいなきゃ、こんなにスムーズにいかねぇもん」と笑った。二人は笑い合いながら、最後の仕上げに向かって動き出した。


 会場の一角で、神崎会長は静かに二人のやり取りを見守っていた。彼女の表情は、普段の冷静さを保ちながらも、微妙な感情が入り混じっている様子だった。目は優しさとともに、どこか複雑な思いをたたえている。彼女は、風間くんの一生懸命さや、奈々さんの気さくで頼もしい様子を見て、心の奥底で少しだけほっとしたような、しかし同時に少しだけ嫉妬や不安も感じているようだった。「…あの二人、本当に良いコンビね」と、静かに呟きながらも、その声にはどこか複雑な感情が滲んでいた。彼女は、彼らの成長や絆を誇りに思いつつも、自分の立場や役割に対する責任感から、心の中でさまざまな思いを巡らせていた。その表情は、まるで表面には出さないが、内心の葛藤や期待、そして少しの寂しさを映し出しているかのようだった。

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