第一幕 君が大切な人たちから
第一話 君が生まれて、生きていること
1
「――さて」
紫が出ていくと、火亜は書類を整え直して脇に置き、戦を見上げた。
「じゃあ、今日からここで仕事が始まるわけだけど……閻魔王宮から火樹銀花宮に仕事場が移った今、僕と君ははじめにやることがある」
「やること、ですか?」
戦は艶めく黒髪をふわりとたゆませて首を傾ける。
火亜はすっと微笑んでみせた。
「泰山府君は地獄全土を対象に行う仕事だ。つまり、閻魔庁にいた頃は交流のなかった王宮外の獄卒鬼とも必然的に関わりを持つことになる。今すぐ全員、というわけにはいかないけれど、ひとまず主要な場所を抑えてくれているメンバーとは顔合わせをしておかないとね」
仕事の隙間を縫って会いに行こう、という火亜に、戦は傾けていた首を元に戻した。
「なるべく早めにしたほうがいいのでしたら、今ではだめなのですか?」
「……うーん、そうだね、今でもいいかな。王宮の様子を見ている限り、初日から依頼が入ることはなさそうな――」
「頼もう! ですわー!」
火亜の言葉を遮り予想を大きく覆して、バアン! と勢いよく扉が開かれた。
火亜の動きがぴくっと一瞬揺れて止まる。一方の戦は扉のほうへと顔を向けて、わずかに瞳を輝かせた。
「お邪魔も失礼もしませんけど、お邪魔しますわ!」
さらりと揺れる銀灰色、涼やかな紺青の瞳。扉をほとんどぶち破るように雪崩れ込んできたのは、ここ最近すっかり見慣れた姿――閻魔王宮で働く、
戦は体ごと桃李に向き直った。
「桃李様、お久しぶりです。来てくださったのですか?」
「ええ、相談するならあなた方に限りますもの。それに、泰山府君最初の仕事はこのわたくしがかっさらってやろうと、今日の明け方から待機していましたの」
現世のニュースも定期的に取り入れている火亜は、その光景現世でもあったなと思い返す。
「……何か用かな」
戦と違いほとんど桃李との関わりがなかった火亜の中には、桃李は戦を傷つけた相手という認識が強い。しかし一方で、平等に公平を期すのが泰山府君としての任でもある。
まだほんのりと気配を燻らせつつもなるべく穏やかになるように意識して微笑みかけるが、桃李はそれをあっさりと吹き飛ばした。
「あーいいいい、そういうのいいですわ。いくら民を平等に助ける泰山府君といえど、それは民を平等に愛することと同義ではありませんし、許せない嫌いな相手の一人や二人いますでしょう? 貴方がわたくしをめっちょめちょのぎったぎたにしたいことくらい分かっていますわ」
ひらひらと軽く手を振る桃李。
続いて、
「そんなお綺麗に取り繕わずとも、帰ってほしいなら帰れとばっさり言っていただいて構いませんわよ。帰りませんけど。時にはどストレートにジャブをぶちこむ、これ処世術の基本ですわ。どジャブにストレートをぶちこむでも構いませんけど。覚えておくと身のためですわよ」
シュッシュッとボクシングの構えをとりながら、エア実演つきでレクチャーしてくれた。
楽しそうだな……と火亜と戦は思う。
火亜がひとつため息をついて座り直し、姿勢を正した。
「……めっちょめちょのぎったぎたにしようと思ったことはないし口を挟みたい語彙がいくつかあるけど、戦は彼女がいて大丈夫かい?」
「ええ、私も久しぶりに桃李様に会えて嬉しいです」
親しい人間でなければわからない程度ではあるものの、ほんのりと明るくなった表情で火亜を振り向き、頷く戦。
桃李はびしっと戦を指さす。
「それそれ、その素直さですわ! 貴方も彼女を見習いなさいませ! 自分の意見をズバッと言うのです!」
「……なら素直になろうか。僕は正直、君の顔はあまり見たくない」
「ええ、そうでしょうね。でもわたくしが会いに来たのは火亜という一個人ではなく、泰山府君様ですわ。自分の意見をズバッと言っても、それが受け入れられるとは限りません。勉強になりましたわね」
「……君と話すと疲れるな……」
火亜は本気で疲れた様子で机に肘をつき、額を抑える。漆黒の髪がぐしゃりと乱れた。
「すごいです、桃李様。どうやったらあんなに火亜様の感情を出せるのですか? 私、いつも火亜様が何を考えていらっしゃるのかわからなくて」
え、と火亜が顔を上げたが、口を開くよりも先にすぱっと桃李が言う。
「王様ゲームのひとつやふたつやったらどうですの? あとはポーカーですわね、やっぱりポーカーと麻雀と競馬に限りますわ。賭け事こそ人の裏表がさらけ出されるものですわよ」
養女とはいえ、とても鬼族の一隅を担うとは思えない発言である。「あ、もちろん
「そんなことより、わたくしの依頼を聞いていただけます?」
そして固まっている火亜ときょとんとする戦を前に、ばんっと机に手をついた。
「誕生日プレゼントのご相談があります」
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