第二十二節 若見えは永遠の命
放置には抵抗があったけれど、草地を渡って果樹の裏にまわる。
メッシュフェンスの中で箱型の機械が鈍い音を鳴らしていた。
「なんだろう、この機械」
「電波混信装置。
「さっきのブザーも?」
「ええ、携帯仕様にもできるらしいわ」
「でも、この童女果樹は人工のものじゃないんだよね。だったら──」
怜悧な瞳がこちらを見つめて、
「人食い植物らしいわ。未知の、ね。この樹の許に連れてこられた子は、迦陵様と性交しているうちに肉を溶かされて、根から養分として吸収されるそうよ」
「いくらなんでも、そんな」
「ホントよ。食虫植物があるのだから、食人植物があっても不思議はないでしょ」
奥に向かう
道は右に向かって、前は森、後ろと左は崖。
左の崖下には大人が余裕で入れるサイズの穴があいていた。
「洞窟の入り口?」
「ええ。礼拝堂地下の鍾乳洞に繋がっているわ」
「じゃ、先生たちはここから」
「そう。祝宴の日だから、休日返上で分室にこもっていたんでしょ」
「
「そうね。研究者を兼務しているのは理事長様だけじゃなかったってこと。
白衣を羽織った女教師たちの姿が脳裏に映じる。
「優愛ちゃん、私たちになにを伝えようとしてたんだろ」
思いつめた童顔は二律背反に引き裂かれるようだった。
──事件の告発を他人に委ねなきゃいけない理由ってなんなの?
「やむにやまれぬ事情があったようよ。詳しいことは本人に聞くといいわ」
「
「さあ、もう帰寮しているんじゃないかしら。儀式をサボったことになるけれど、気分が悪くなったとか適当な理由をつけてごまかせばいいんだし」
「ああ、なんか絶妙に足がつかない感じだね」
「まあね。直接告発することができないから、事故の形で目撃させたのなら、なかなか──。来て。すぐそこよ」
小夜は洞窟の反対側に歩き出す。
ついていくと
「あれが分室?」
「ええ。この学院の中枢ね」
進む姿に追いつきながら、
「本当に入っていっていいの? 帰り道が分かるなら警察へ行くべきだよ。
「やめておいたほうがいいわ」
「どうして」
「今、
「アレって?」
「ストラグルボディとかいう巨女。遭遇するのは避けたいでしょ」
「う、うん」
──スマホを取り上げられているのが仇になるなんて。
学生たちは固定電話の使用にも許可がいる監禁状態。警察が冷蔵室まで踏み込んでくれればすべては明るみになるけれど。
──
「でも、死体はあったんだよ! 簡単にあきらめていいの?」
「事件を司直の手に委ねることより、私たちの安全を確保することのほうがたやすいわ。まずはそれをやってしまうこと」
すべてはそれからよ、と瞳で
──え、そっち?
あとについて
──分室の脇にまわり込んだんだ。
手近の窓を開いた小夜は、枠に手、壁に足を掛けて中に入ってしまう。
ほら、いらっしゃい、と窓枠の向こうから手招きされる。
無茶をして続くと、実験用の備品や消耗品が収められた部屋に立っていた。
「
優愛がこちらに来る。壁にもたれて玲も立っていた。
「
「大丈夫、抗菌薬があるから。榊さん、これを飲んでおいて」
優愛が白衣のポケットから取り出したものを受け取る。
十錠入りのPTP包装シートだ。
「寄生も防いでくれるわ。一日三回、食後に一錠ね」
「感染って──
「
「じゃあ、迦陵様があんなに魅力的なのも」
「獲物を誘惑するためね。魅了された子たちは、疑似餌や疑似茎と交わるうちに肥料になる準備を終えてしまうの」
「優愛ちゃん、どうしてこんな酷いことするの。私たち実験体なの?」
見つめると童顔が曇って、
「そうねぇ、そういうことになるわ。理事長様の研究の達成には
「でも、だからって生徒を殺して肥料にするなんて。どうしてそんなことができるの!」
詰め寄ると複雑な表情が返される。
「
「じゃあ、優愛ちゃんも」
優愛は頷く。
「私だけじゃなく、アナーヒターの社員はみんなそう。この学院の生徒だったとき、疑似餌に溶かされ甦った子たちなの。今の私の体は脳以外が疑似餌の細胞で作られてる。見かけのうえでは老いなくなって、常人以上の能力を手に入れられたけれど、童女果樹に逆らえなくされたのよ」
「そんな」
優愛が中学生みたいな相貌なのは、若見えではなく、
──若い頃のまま変化を止められたからだったの!?
乃羽を始め、学院の教職員たちは皆若く美しかった。
──それも全部、迦陵様に体を乗っ取られたからだなんて。
「何度あの木を焼き払おうとしたと思う? そのたびに心が拒絶感に満ちて、なにもできなくなる。無理に密告しようとして
小夜が腕を組んで、
「タイワンアリタケは蟻の、マッソスポラは蝉の体を菌に置き換える。脳には手をつけずに、化学物質を分泌して宿主を操作すると聞くけれど、その人間版とはね」
「だから事故に見せかけて露見させたの?」
「三日まえ、
優愛は自らの体を抱いて、
「時が経つほど、心はあの樹に魅了されていく。あの樹のためになることが世界のすべてになっていくの。そのためなら人の命なんて食い物にしてもよいくらいに」
「だから、これが私に残された人間としての最後のチャンス。貴女たちにこの犯罪を告発して、あの樹を滅ぼしてもらいたいの」
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