第三章 真相

第十八節 襲撃者は全裸巨女

「うおわ~、生き返った~!」

 れきが思いきり伸びをする。


 優愛ゆあの誘導で廊下まで出ると、かじかんだ体が緩んでいく。

「ああ、死ぬかと思った。優愛ちゃん、ホンっとありがとう!」

 冷蔵室の外に出ただけで九死に一生を得た思いだった。


 青白くなった左腕をさすっていた小夜さよが、

柏木かしわぎ先生」

「なあに、影山かげやまさん」

「救出していただいたことは感謝いたします。しかし、いくつか腑に落ちないことがあるのですが」

 優愛は小夜の体を窺いながら、

「どこか具合が悪い? ええと、簡単な救急セットだったら更衣室にあったかしら。凍傷があるなら浴室でお湯に浸かったほうがいいわ」

「いえ、そういうことではなく」

 小夜は視線を強める。

「なぜこれほど救助が遅れたのですか。監視カメラで異常を観ていたのなら、もっと早く訪れることができたはずです」

 礼拝堂の停電、両開き扉の施錠は、共に午前九時十五分過ぎ。

 すでに一時間半ほどが経過していた。

 ──確かに、ちょっと掛かりすぎかも。


「ああん、気づいちゃったぁ~。ごめんなさぁい、私、お昼寝しちゃってたの」

 頬に右手を触れた優愛はしなを作る。

 礫が乗り出し、

「もう! 監督してる人がそんなんでどうすんの。ボクたち死にかけたんだからね! まゆ様たちもどっか連れてかれちゃうしさ」

「見えすいた嘘をつかないでください。監督官がそんなこつをするわけがない。ならば停電と施錠は貴女あなたが意図したことになるのですから」

「え!? そーなの優愛ちゃん!」

 さらに礫が迫る。


 困り顔をした優愛は肩をすくめて深呼吸する。

「んん~、こ~なったら貴女たちのことは騙せないわよねぇ。そーよ、停電で祝宴を中断させたのは私の差し金」

「実行したのはみなみさんと迦陵かりょう様、どちらですか」

「南さんよ。合鍵を手に入れたあと、停電の隙に外に出て、鍵を掛けるようお願いしていたの。ブレーカーとエアコンは学院棟の警備室から私がオフにしたわ」

「私たちに手術室と冷凍室を発見させるために、ですね」

「そうよ。そのはずだったんだけどぉ、ねぇ」

 優愛は親指を唇に挟み、


「ホントぉ、どうしてこんなときに電波混信装置が故障しちゃったのかしら」


 ──電波混信装置?

「迦陵様が操作をはずれたのが誤算でしたね」

「ええ、瀬戸せとさんがさらわれたとき異常に気づいたわ。分室に確認を取って、バタバタしているうちに影山さんたちが閉じ込められていたの。疑似餌ぎじえたちの横槍がなければ、現場を発見してもらって終わりだったのに」

「三日まえ、私たちに灰島はいじまさんの切断死体を発見させたのも柏木先生のたくらみですね。なぜ、こんなまわりくどいことをされるのですか。学院の犯罪を告発したければ、ありったけの証拠を司法の場に示せばよいだけでしょう」

 優愛は目を閉じて息をつく。

 うれいを秘めた瞳が小夜を見つめ、

「それができれば苦労はしないわ。だって私はもう──」


「うわっ、ねえ、あれ誰!?」

 ──なに?

 礫が指し示すほうを見る。

 隠し階段のくだり口に裸の女が立っていた。

 縮尺の狂いを感じたのは頭頂が天井に達しそうだから。

 ──大きい!

 二メートル以上の伸長があるのだ。

 トップ・アンダー差三十二・五センチはある爆乳が目を惹く。筋肉が盛りあがる凶器的な両腕は灯の首などたやすくへし折るだろう。くびれた腰や柔らかな肉が覆う脚の中にも筋力の充実がある。青白い肌は濡れ光り、かかとまで伸びた黒髪も湿り気を帯びていた。金光彩きんこうさいの瞳には感情がない。整った顔立ちも表情筋が退化したような無表情だ。


「ストラグルボディまで実らせたの!? みんな下がって!」

 前に出た優愛が防犯ブザーのようなものを突き出した。

 親指がボタンを押す直前、巨女きょじょの右指がなにかをはじく。

「あっ!?」

 優愛が右手を押さえた。

 鈍い音が転がってくる。

 小石が食い込むブザーだ。

 ──指ではじいて命中させたの!? こっちまで十メートルはあるのに!

 優愛は右手とブザーを交互に見て、

「うそ、どうしよう!」


「早く! こっちに来なさい!」

 声に振り向く。

 小夜が手術室の両開き扉を引き開いていた。

 ──そうか、冷蔵室の隠し扉!

 灯は優愛の手を取る。

「優愛ちゃん、行くよ! 礫も!」

「オーケー!」

 素早く手術室に入る礫に続く。

 最後に入室した小夜が扉を閉めながら、

「礫、3003!」

「分かった!」

 礫は奥のステンレス戸に駈けていく。灯も優愛と走り寄った。

 ボタンを押した礫が戸を引き開く。

 小夜もやって来たとき──破裂するような異音が鳴り渡る。


 手術室入り口の木製両開き扉が四散したのだ。


「うわぁ~お、すっげぇ~!」

 礫の喝采を掻き消して恐怖は来た。

 ささくれ立つ大穴をくぐって巨女が侵入してくる。

「早く中に!」

 小夜の声に押されて優愛と冷蔵室に飛び込んだ。

 礫も倣って、続く小夜が戸を閉める。

 

 施錠音が高く鳴った。

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