第六節 玲瓏に浮かぶゴシック
六月二十一日土曜日の朝──
朽ち葉が蔽う
制服姿に真紅のマントを羽織った灯はフードを被り、灯りを点した
危険と誘惑を湛えた原生林はいつもそばにあったけれど、学院との境は鉄柵で囲われ、各所の門にも鍵が掛けられていた。古びた鍵で門が開かれたとき、怖ろしいのに魅了されていた。
禁域に入ってから口数少なくなった真理亜を見て、
「この先に礼拝堂があるんですか」
真紅のフードから柔和な顔が覗き、
「ええ。
「誰か聖人様のこと?」
「いいえ。キリスト教とは関係なくて、この
「民間信仰の?」
「はい。とても古いものなのだそうですよ」
灯は生まれも育ちも東京。倶舎女学院のある青森県に来たのは入学試験を受けたときが初めて。現地の伝承や信仰にも詳しくなかった。
「ねえ、灯ちゃんはオシラサマって知ってらして?」
「え? いいえ」
「このあたりに古くから伝わる屋敷神なの。婦人病を治してくれたり、子供を守ってくれたり、豊作をもたらしてくれるんですって」
「
「おうちに祀られているところは一緒かもしれません。でもね、オシラサマは
「どんな姿なんですか」
「それがね、
「なにか由来が?」
真理亜は待っていましたとばかりに、
「昔このあたりは
「ペットを溺愛するみたいに?」
真理亜は
「いいえ。その子とお馬さんは夫婦の契りを結んだそうよ」
「え、
──あっ、やっば。
口元を手で覆う。少々はしたない言葉だったから。
真理亜は気分を害したふうもなく微笑み、
「そこまではよかったのかもしれないけれど。
口から手を離し、息を呑んだ。
「女の子が取り
「なんだか心の狭い父親ですね。獣姦くらい許してあげられなかったのかな」
真理亜は左手で口元を覆って吹き出した。
「灯ちゃん、その発想はおもしろすぎます。でも、お馬さんはおうちの財産ですもの、殺してしまうのはあんまりよね。だから嫉妬のお話だって思いました。お父様は娘さんのことを好きだったの。異性として」
「ああ、なるほど。それだとしっくりくるかも」
──あれ? だとしても倫理的にはアレな結論じゃない?
自分の感性が逸している自覚はあるけれど真理亜も相当だ。
「迦陵様はオシラサマの伝承が変化していったものといわれていて──あら、もう着いてしまいました」
つられて前を見ると、道が
「どうなってるの。宝石みたい」
「綺麗でしょう。ほら、あそこが
池の中央を指し示される。
石橋で繋がる中島に建物があった。前後左右に象牙色の
橋を渡り、近づいていく。
──なんて透明度。
欄干から見下げた池の青さは底の水草まで見通せた。
霧の
ノッカーを打った真理亜が右扉を引く。
「どうぞ、灯ちゃん、お先に」
踏み
──あ、中は広いんだ。
床は
──パイプオルガンが置かれてるんだ。
左右の壁際に聳える列柱はなかばでアーチを造り、天井で肋骨めいた
先客は六人。
長椅子に坐る者、柱にもたれる者、床に立つ者──皆真紅のマントを羽織り、フードをはずしている。
古色の軋みを立てて、背後で扉が閉じられた。
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