第四節 深紅の招聘者

 ──なんだろう、いい気持ち。

 下腹部に満足を感じながら目覚めていく。

 ──どうしよう。いいのかな、これ。

 惰眠とは異なる心地良さだ。

 ──私、手でしちゃってた?

 夢うつつの中で腰を揺すっていた。陰裂をなぞる濡れたぬくみは素晴らしすぎる。このまま喜びに身を委ねていたい。

 でも──。

 ──いくらなんでも変!

 理性を総動員して目を開き、顎を引く。


 掛布団があり得ないほど盛り上がっていた。


「誰!」

 引き剥がすと真紅のマントが目を奪う。四つん這いの女体が被われていた。とうの太腿のあいだには亜麻色のロングヘア。

真理亜まりあ様!?」

 唾液を引いてつむりが上がる。

「ああん、もっと舐めていたかったのに、起きてしまわれましたの? まだ、だらしな~く、おまたを開いたままでいいんですよ」

 プリーツミニスカートは大きくまくり上げられていた。白パンツの股布クロッチがずらされて陰唇が覗いている。

「きゃあっ!」

 両手をついて、腰を起こしながら太腿を閉じる。

「もう! なにをしてたんですか!」

 火傷しそうに頬が熱い。


 上半身を起こした真理亜はウエーブヘアを直しながら色っぽい視線を送ってくる。

斎戒さいかいから戻ったら、灯ちゃんが保健室に連れて行かれたって聞いたんです。いてもたってもいられなくて忍んで来たら、苦しげな寝息を立てていらしたの。そんないたいけな姿、放っておけません!」

「でもぉ、いきなりアソコを舐めるなんて! そんなことされたことないんですから!」

 スカートの前を押さえ、上目遣いで訴えた。

 両指をお祈りの形に組んだ真理亜が上半身を乗り出す。輝く瞳が見つめて、

「まあ、まあ、まあ! 灯ちゃんってバージン、バージンなのね! ああ、未開拓の湿地だったなんて。嬉しい!」

「そうじゃなくてぇ、非常識ってことなんですけどぉ、あのぅ」

 マントの前が分かれ、すべらかな肌が覗く。

 ──裸なの!?


 逃げる間もなく抱きしめられ、巨乳どうしが形を変えた。

 灯の乳房は「発育がよくて羨ましいわ」と小夜さよからやっかまれているくらい。だけど真理亜の乳房はもっと大きい。ほっそりした肢体の胸元に柔らかメロンをふたつぶらさげたようなものなのだ。

 背が撫でられ、耳を唇に挟まれた。

「ねえ、灯ちゃん、気持ちいいことはお好き?」

 甘い息に耳朶みみたぶを打たれ、ふるえて目をつむった。

「だめ──くすぐったい」

「本当? それだけかしら」

 耳の溝を舌先がなぞる刺激に、両肩を上げて身をよじる。

「知っています。灯ちゃんも気持ちいいことが大好きだって。身を委ねてくださったら、もっと良くして差し上げます。さあ、力を抜いて」

 ──あ、もうこれ、だめかな?


 心地良さに弛緩していったとき、じゃらっ、とカーテンが引きあけられた。

「さっきからトウちゃんトウちゃんばかり。ここには真理亜様のお父様がいるのかしら」

「まあ小夜ちゃん、聞いていました?」

「筒抜けです。灯から離れてもらえますか」

「はぁい。恋敵こいがたきは怖い怖い、ね」

 体が放された。


 ひやりとしながら──大丈夫なの? と小夜に視線を向ける。

 平気よ──と目が返された。

 生徒会執行部員の権限は生徒を退学させられるほど。

 今期五人の中で真理亜は唯一強権の行使をしていない。気安くしがちだったけれど、面と向って逆らうのは怖かった。


 乃羽のわもこちらに来て、

瀬戸せとさん、斎戒は済みましたか」

「はい。おうちゃんとひかちゃんが退学されたのは残念ですけれど、四人だけでも迦陵かりょう様にご奉仕できました」

 ──退学って、美桜様が?

「そんなわけな──ん」

 向ってきた人差し指に唇を塞がれた。小夜の視線はこちらを制している。

 ──言わないほうがいいの?

 見つめ返すと、頷く小夜が指を離す。


 真理亜はふたりのやり取りには気づかず、

「それでね、ベッドの中までお邪魔したのは、お渡ししたいものがあるからなの」

 マントの内ポケットから取り出されたものが灯に差し出された。受け取り見ると、果樹の校章が金箔押しにされた洋形ようがた白封筒だ。真紅の蝋で封印されている。

「ええと、これって」

「今週の土曜日に催される迦陵の祝宴に灯ちゃんをお招きしたいの。わたくしの隷者れいしゃとして」


「私が真理亜様の隷者に!?」


 いつかこの日が来ると思っていた。

 隷者には自らを選んだ執行部員の世話が義務付けられる。代償として生徒会本部に包摂され、準特権階級になることができた。

 耳に入るうわさは黒い。

 隷者にされた子の精神がおかしくなったとか、品行が乱れていったとか、退学処分にされたとか、悪い話ばかりがささやかれていた。生徒たちからは消耗品といわれ、忌避きひされている役割だったのだ。


 返答をためらっていると微笑みが返される。

「安心してください。うわさされているようなことに追いこむことは断じてありません」

「でも、なにをすれば」

「一緒におしゃべりしたり、お勉強したり、お料理もしたり──わたくしの遊び友達になってくださるだけでいいんですよ」

 ──それなら隷者なんて制度にする必要なくない?


「隷者の地位は密儀の参加資格にもなるそうですね。灯を参加させたい理由が?」

 ──へえ、そうなの?

「迦陵様は縁結びの神様ですから。好意を持った方を招くのが規則なんです」

「スピリチュアルですね」

 小夜の声はそっけない。

 ──まあ、そんな返答になるよね。

 この子は、おまじないや占いに興味がない。血液型占いや姓名判断のことは鼻で笑っていたくらいだ。

 ──でも、縁結びの神様の前に好きな人を招いてもてなすだけなのなら、ちょっと素敵かも。


「えーと、それだけでしたら、今回はお引き受けしてもいいですけど。その、ずっとは」

「もちろん、隷者を辞めたくなったら、いつでも辞めていいんですよ。でも、一度でも祝宴に参加した子は辞めたくなくなっちゃうみたいだけど」

 含み笑った真理亜は胸元で手を打ち合わす。

「はい、契約成立。これを渡しておきますね」

 マントの内ポケットから取り出されたものが灯の左胸元に付けられた。校章と同じく果樹を意匠にした金色バッジだ。実る果実の数が少ないだけで生徒会執行部員が付けているものとそっくりだった。


 ──これが隷者のしるし

 なしくずしに灯は真理亜のものにされたのだ。

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