第35話 私が『二宮君の推し』のように、二宮君は『私の推し』なんだよ
「もっとって、何を知りたいの?」
「具体的には、二宮君の動画活動かな」
「それかぁ」
「ねえ、チャンネル見せてよ」
「恥ずかしすぎて見せたくないけど……一ノ瀬さんの頼みだったら断れないな」
俺は観念したように、ポケットからスマホを取り出し、動画アプリを開き、自分の運営チャンネル『56チャンネル』の管理画面を一ノ瀬さんに見せる。
そこには恥部を見せるよりも恥ずかしい、見るも無残な登録者数と最新動画の動画再生回数が表示される。
登録者数「6」人。最新動画の再生数「5」回という、グロテスクな数字が……。登録者数と最新動画の再生数から「56」チャンネルってか。やかましい!
とにもかくにも、登録者数10万人超、再生回数常時数万オーバーのさてぃふぉに見せていい画面ではない。
恐る恐る一ノ瀬さんの顔色を窺うと、暗がりでよく分からないが、何か優しそうな眼差しをしていた。
俺のチャンネルがひどすぎて、憐みの目をしているのだろう。
ヤバい……。恥ずかしすぎて、泣いちゃいそう……。
そんな恥辱に塗れた俺に、一ノ瀬さんは意外な一言を呟いた。
「やっぱり二宮君のチャンネルって『56チャンネル』なんだね」
「そうだけど」
なんだか思っていた反応と随分違うな。
……それに、その口ぶりだと、あたかも俺のチャンネルを知っているような。
いやいやいや! こんな底辺チャンネルを知っているはずない。
そんな俺の推測を打ち破るように、一ノ瀬さんは言った。
「『56チャンネル』の初期のころって、『ドラゴニック・ブレイブ』あげていたよね」
「え……どうしてそれを」
『ドラゴニック・ブレイブ』とは、ドラゴンがいる世界を舞台にしたアクションゲーム。
プレイヤーはハンターとして様々な職業を選択し、世界に跋扈するドラゴンを討伐する、というゲームシステムで中学の頃の俺は鬼のようにハマり、その動画を挙げていた。
実は初期は、わりと当社比で順調だった。一時期登録者数が百人くらいいて、再生回数も数百回行くときもあったっけか。結局、その後、モチベーションが続かなくなり、投稿頻度が落ち、視聴者に見放され、このありさまになったわけだが。
結果的に、ルーキーイヤーが全盛期という、悲しい現実となってしまった。
たらればになるが、目の前の一ノ瀬さん、さてぃふぉみたく、モチベーションを保ち続け動画投稿を続けていたら、いいところまでいっていたかもしれない。まさに継続は力なり、だ。
閑話休題。その口ぶりだと、一ノ瀬さんは本当に俺のチャンネルのことを知っていたらしい。
にわかに信じられないが……。
一ノ瀬さんはどこか遠い目をしながら、じっとこちらを見つめている。
そんなに見つめられたら、ドキドキが止まらない。
「……言うね」
意を決したように、一ノ瀬さんはそう呟いた。
言う、っていったい何を……?
よく分からないが、とりあえず首を縦に振ってみる。
「今日の質問コーナーで言った、私が動画投稿を始めるようになったきっかけ、それは『56チャンネル』なんだよ」
「え……」
余りに衝撃的過ぎて、俺は開いた口が塞がらなかった。
「いや……え? は?」
余りに理解が及ばないことを一ノ瀬さんが言うものだから、頭の整理が出来ない。
質問コーナーの時に言っていた、動画投稿を始めたきっかけが俺……?
つまり、登録者数10万人超の人気チャンネルを生み出した、生みの親……?
ありえない、ありえない。一ノ瀬さんは俺をからかっているんだ。
そうに、違いない。
だが、一ノ瀬さんの目は真剣そのもの。
彼女がこの状況で、そんなくだらない嘘をつくとは到底思えない。
「一時期コメントもしていたよ。『1S34』っていうアカウント、覚えているかな?」
「そのアカウントは……!」
よく覚えている。
初期の時に熱心にコメントをくれたアカウントだ。
結局、後にも先にも「56チャンネル」に、熱心にコメントをくれたアカウントは「1S34」さんだけだったんだが……。
そんな俺にとって大切な見ず知らずの人が、目の前にいる一ノ瀬さんであり、何といったって推しの人気配信者であるさてぃふぉだって……?
そんな奇跡ってあるの?
「1S34、一ノ瀬御世」
「はっ……!」
点と点が線に繋がって、思わずハッとしてしまう。
「ちなみに『さてぃふぉちゃんねる』のチャンネル名は『56チャンネル』を参考にしていたりするよ。それに顔出し無し声のみっていう実況スタイルもね」
「…………」
驚きすぎて、ついに言葉も出なくなった。
「私が『二宮君の推し』のように、二宮君は『私の推し』なんだよ」
なんてこった。
俺が推している人が、俺を推していた……?
まさしく、天地がひっくり返ったようなものである。
「そうなんだ……。正直、驚きを通り越して理解が追い付いていないよ」
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