オールドムービー
玄道
三浦芳乃の人生
『海が近いってのはいいね』
その時の映画は、まあそれなりの評価は受けたらしい。
私は
街の新古書店『レックス』で働きだしてもう二年になる。
棚の整理をする。
『ゼイリブ』がコメディの棚にあったので、SFの棚に移す。
──誰よ、こんなことしたの。カーペンター監督への冒涜だわ。
◆◆◆◆
「お、雨じゃん。このまま撮ろ。」
「マジっすか黒田さん!?」
「ほら回して!」
カチンコが鳴る。
「これで証拠も流れてくな」
「犯罪じゃないのよ?」
一組の男女が、雨の中で傘もささずに立っている。
「似たようなもんだろ?」
「──これでお別れね」
──陳腐だな。
◆◆◆◆
自動ドアが開く。
「いらっしゃいませ」
──
「こんな日は『ハングオーバー!!』でも観たいですね、三浦さん」
「親友が結婚するの? おめでとう」
「──笑わなきゃやってられないんですよ」
「あら、ごめんね?」
──距離が近い。
「そういえば、そろそろ教えてくれても良いんじゃないです? 『三浦芳乃生涯の一本』」
──しつこい。
「三浦さんだから『ベルリン・天使の詩』?」
「人死にが出るのは……ちょっと」
──特に自殺シーンがあるのはね。
「『ネバーエンディング・ストーリー』?」
「小学生じゃないのよ」
「──すみません」
「──そうね、そろそろ良いかもね」
ぐっ、と佐伯が近づく。
「『生涯で最も後悔してる一本』ならあるわ」
「後悔?」
バックヤードに向かう。
隠していた、古いブルーレイを取り出す。
「これよ」
待たせていた佐伯に手渡す。
「きっと君も後悔するわ」
「塗り潰してる……後悔って、『ドリームキャッチャー』ですか?」
首を振る。
「専門学校時代の自主映画……貸したげるわ」
「へぇ、ありがとうございます」
◆◆◆◆
「ちょ、黒田さん!?」
「いいじゃん、ちょっとだけ、な?」
私は、黒田先輩を突き飛ばす。
「本当にやめて下さい!! 人を呼びますよ!?」
「──こうすりゃ次はお前が撮れるんだぜ?」
──信じられない、
「撮りたくねぇ? 三浦芳乃監督作品」
「それは……っ! とにかく! もうやめて下さい!!」
私は逃げ出した。
◆◆◆◆
閉店後。
「三浦さん? あれは?」
──あれ?
「ほら、黒ちゃんの」
──『川流れ』か。
「貸しました、あの子に……佐伯君に」
「あちゃ、やっちゃったねい」
「私に夢なんか見てるからですよ」
四日後。
「いらっしゃ……」
佐伯だ。
「もう、来ないかと思ってたけど?」
「その……良かったです、『川流れ』。二人が不倫でもないのに罪悪感にまみれてるとことか、雨のラストとか!! 主演……三浦さんですよね?」
「返してくれる?」
「は、はい」
「誰にも言わないで……忘れて、頼むから」
彼は俯く。
「なんでですか」
私は背中を見せる。
「訊かないで」
その夜。
スマホを見ると、着信が入っていた。
──知らない番号? 検索するが、危険はないらしい。
コール音。
「よ、おひさ」
「黒田さん!? 何なんですか!? 迷惑です!!」
「つれね~な、今、芳乃話題なんだぜ?」「は?」
肌が粟立つ。
「『川流れ』」
通話を切る。
──あの馬鹿野郎。
二週間が経った。
佐伯は来なくなった。
「最近、若い客多いね」
「いいことじゃないですか」
──男ばかり。
視線が、私を凌辱する。
──違う!! 私は断ったの!! そもそも黒田の方から……。
あの夜以来、SNSは止めた。
『黒田監督NTRだってww』
『
『スタッフも食われてんだろ?三浦芳乃に』
──皆殺しにしてやりたい。
一ヶ月が経った。私は、耐えきれずに飛んだ。
暇すぎて映画館に通い始めた。
──まるで自傷行為だな。
適当にチケットを購入し、席に着く。
映画が始まる。
──『黒田
──ここを出たら死のう。
映画が終わった。
早足で出口を目指す。
カップルが、席を立つのが見えた。
男の方は佐伯だった。
──いい笑顔しやがって。
何もかもが馬鹿馬鹿しい。 帰宅し、仕舞い込んでいた
──どうせ終わるなら、せめてこいつで。最後くらいは自分で演出してやる。
──ノーカット一本撮りになるな。『カメラを止めるな!』かよ。
──何処で撮ろう、三浦芳乃監督最初で最後の作品。
──あの時の海にしようかな。
オールドムービー 玄道 @gen-do09
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