オールドムービー

玄道

三浦芳乃の人生

『海が近いってのはいいね』

 

黒田くろだは、ロケハンの時にそう言った。


 その時の映画は、まあそれなりの評価は受けたらしい。 


 私は三浦芳乃みうら よしの。二十八歳。


 街の新古書店『レックス』で働きだしてもう二年になる。


 棚の整理をする。

 『ゼイリブ』がコメディの棚にあったので、SFの棚に移す。


 ──誰よ、こんなことしたの。カーペンター監督への冒涜だわ。

 

◆◆◆◆

「お、雨じゃん。このまま撮ろ。」

「マジっすか黒田さん!?」

「ほら回して!」

 カチンコが鳴る。

「これで証拠も流れてくな」

「犯罪じゃないのよ?」

 一組の男女が、雨の中で傘もささずに立っている。

「似たようなもんだろ?」

「──これでお別れね」

 ──陳腐だな。 

◆◆◆◆

 

 自動ドアが開く。


「いらっしゃいませ」


 ──佐伯さえき君か。


「こんな日は『ハングオーバー!!』でも観たいですね、三浦さん」


「親友が結婚するの? おめでとう」

「──笑わなきゃやってられないんですよ」

「あら、ごめんね?」


 ──距離が近い。


「そういえば、そろそろ教えてくれても良いんじゃないです? 『三浦芳乃生涯の一本』」


 ──しつこい。


「三浦さんだから『ベルリン・天使の詩』?」

「人死にが出るのは……ちょっと」


 ──特に自殺シーンがあるのはね。


「『ネバーエンディング・ストーリー』?」

「小学生じゃないのよ」

「──すみません」

「──そうね、そろそろ良いかもね」

 

 ぐっ、と佐伯が近づく。


「『生涯で最も後悔してる一本』ならあるわ」

「後悔?」


 バックヤードに向かう。


 隠していた、古いブルーレイを取り出す。


「これよ」

 待たせていた佐伯に手渡す。

「きっと君も後悔するわ」

「塗り潰してる……後悔って、『ドリームキャッチャー』ですか?」

 首を振る。

「専門学校時代の自主映画……貸したげるわ」

「へぇ、ありがとうございます」 

◆◆◆◆

「ちょ、黒田さん!?」

「いいじゃん、ちょっとだけ、な?」

 私は、黒田先輩を突き飛ばす。

「本当にやめて下さい!! 人を呼びますよ!?」

「──こうすりゃ次はお前が撮れるんだぜ?」

 ──信じられない、彩也香さやかさんはどうすんの!?

「撮りたくねぇ? 三浦芳乃監督作品」

「それは……っ! とにかく! もうやめて下さい!!」

 私は逃げ出した。

 ◆◆◆◆

 閉店後。


「三浦さん? あれは?」

 ──あれ?

「ほら、黒ちゃんの」

 ──『川流れ』か。

「貸しました、あの子に……佐伯君に」

「あちゃ、やっちゃったねい」

「私に夢なんか見てるからですよ」


 四日後。

「いらっしゃ……」


 佐伯だ。


「もう、来ないかと思ってたけど?」

「その……良かったです、『川流れ』。二人が不倫でもないのに罪悪感にまみれてるとことか、雨のラストとか!! 主演……三浦さんですよね?」

「返してくれる?」

「は、はい」

「誰にも言わないで……忘れて、頼むから」

 彼は俯く。

「なんでですか」

 私は背中を見せる。


「訊かないで」


 その夜。


 スマホを見ると、着信が入っていた。

 

──知らない番号? 検索するが、危険はないらしい。

 

 コール音。


「よ、おひさ」

「黒田さん!? 何なんですか!? 迷惑です!!」

「つれね~な、今、芳乃話題なんだぜ?」「は?」

 肌が粟立つ。

「『川流れ』」

 通話を切る。

 ──あの馬鹿野郎。


 二週間が経った。

 佐伯は来なくなった。


「最近、若い客多いね」

「いいことじゃないですか」


 ──男ばかり。


 視線が、私を凌辱する。


 ──違う!! 私は断ったの!! そもそも黒田の方から……。


 あの夜以来、SNSは止めた。


『黒田監督NTRだってww』

じょう彩也香だろ?今の奥さん』

『スタッフも食われてんだろ?三浦芳乃に』


 ──皆殺しにしてやりたい。


 一ヶ月が経った。私は、耐えきれずに飛んだ。


 暇すぎて映画館に通い始めた。

 

 ──まるで自傷行為だな。


 適当にチケットを購入し、席に着く。

 

 映画が始まる。

    

 ──『黒田孝道こうどう監督作品』?

 ──ここを出たら死のう。


 映画が終わった。

 早足で出口を目指す。


 カップルが、席を立つのが見えた。

 男の方は佐伯だった。

 ──いい笑顔しやがって。


 何もかもが馬鹿馬鹿しい。 帰宅し、仕舞い込んでいたHC-W580M-Tハンディカムを掴んで飛び出した。


 ──どうせ終わるなら、せめてこいつで。最後くらいは自分で演出してやる。


 ──ノーカット一本撮りになるな。『カメラを止めるな!』かよ。


 ──何処で撮ろう、三浦芳乃監督最初で最後の作品。 


 ──あの時の海にしようかな。


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