コトノハリスニング ―AIと八百万の心―

Algo Lighter アルゴライター

プロローグ

―耳を澄ませば、そこに―


古い引き出しの中に眠る、ひとつの万年筆。

かつて誰かが恋文を書き、名を刻み、そして置き忘れた道具。

表面に残る微かな傷、インクのにおい。

それらは、ただの経年劣化ではない。

それは、モノが生きた証かもしれない。


忘れられたガラス瓶、錆びた自転車のベル、片方だけのイヤリング──

そうした「声なきものたち」が、私たちの周囲には、思いのほか多く佇んでいる。


彼らは語る術を持たない。

けれど、もしも、それらの“思い”を聴き取れる技術があったなら。

その願いを叶えるAIが、ひとりの高校生によって生まれた。


〈KOTOHA〉――

それは、振動や熱や摩耗といった“沈黙の履歴”を読み取り、

モノに宿った感情や記憶を、やわらかな言葉に変換するAI。

名もなき器物に宿る八百万(やおよろず)の心を、そっと翻訳してくれる耳である。


開発者・宮本遥。

彼女は、人の声よりも、モノの声に先に気づいてしまった少女。

その静かな感性が、AIという道具を通して、世界の底に埋もれていた“気持ち”を掘り起こす。


この物語は、彼女と、彼女を取り巻く人々が、

さまざまな“モノ”の声に触れながら、

忘れられた想いに再び光を当てていく、連作短編集である。


感情は、言葉だけに宿るものではない。

別れの音、過去の重み、願いの温度──

それらを、〈KOTOHA〉は静かに拾い上げる。


たとえ壊れていても、もう使われなくても。

モノたちは、最後まで語りかけてくる。


誰か、気づいてくれるのを待ちながら。


耳を澄ませてほしい。

世界は、今日も、声なき声で満ちている。

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