chapter20~アンスコからテニスボールが出てくるのは思春期男子にとっては永遠の謎だよね~

 パコーン,パコーン。

 金網の向こうから,ラケットがボールを弾く音が,絶え間なく聞こえる。


「先輩,知ってました?最近はアンダースコートじゃなくて,スパッツが主流なんですよ?」

「へえ?」

「期待してたのに,残念でしたね?」

「期待してないよっ!?」

「私は先輩が来ると知って,ちゃんとアンスコ履いてきましたよ?」


「呼び出したの,君でしょっ!?」

「確かにそうなんですが・・・」

「で,何の用だったの?」

「いや,ポイント稼ぎに,私が練習頑張ってるところを見てもらおうと思ってたんですけど・・・」

「美咲,頑張ってるねえ」

「はあ,それは失念してましたが・・・」

「もう,夏の大会に向けて再始動だね!」

「はい。春の大会は,全員ダメでしたからね・・・・」

「そっか。でも今回は,1年生は公式戦は初めてでしょ?」

「はい,それはそうですけど・・・」

「芹夏ちゃんはサボってていいの?」

「いや,先輩の姿が見えたので,ちょっと抜けてきただけですけど・・・」

「じゃあ,そろそろ戻らないとね?」

「はい・・・」


 芹夏ちゃんは,モジモジしている。


「ってか,あそこの木の陰から,じっとこっち見てる女の人,誰なんですかっ!?」


「うん。そうだねえ・・・」

 そう,校庭に植樹されている木の陰から,こっちを見てる女の人・・・。

「・・・僕の母さんだよ」


 くっ,恥ずかしい!


「へ?お義母様?へ?」

「・・・昨日,芹夏ちゃんが,今日の練習を見に来てほしいって連絡もらったでしょ?そしたら『私もついていく~』って言って聞かなくて」

「は,はあ・・・?」

「芹夏ちゃんがどんな子なのか,確かめたかったようだよ?」

「ひ,ひいっ!?」

「どうしたの?」

「わ,わた,私,さっきから衛先輩をイジりすぎましたよね・・・?」

「聞こえてるかなあ?」

「き,聞こえてるんじゃないでしょうか?何かサングラスがキラッと光ったような・・・」

 母さんは,あれでも変装してるつもりらしい。


「とりあえず,話してみる?」

「へ?」

「いや,じっと見られてるのも嫌でしょ?挨拶だけでもしておいたら?」

「は,はあ・・・」


「じゃあ,呼ぶよ?」

「いえ,10秒!・・・30秒お待ちくださいっ!」

 心の準備が必要なのだろうか?


 芹夏ちゃんは,冷や汗をダラダラ流しながら,深呼吸を繰り返した。

「ヒー,ヒー,フー!」

 それ違うやつ!


「・・・どうぞ,先輩」

「・・・あ,はい」


 僕は母さんに向かって手招きした。

「母さ~ん!」

「え~っ!?」

 え?

「な,何で分かったの~!?」

 母さんはオロオロしながらこっちへ来た。


「・・・何でバレてないと思った!?」

「え~?完璧な変装だったでしょ~?」

「いや,その・・・」

「ダメだった~?」

「うん」

「ガ~ン!?」


 母さんはサングラスを外して,よよよと泣き崩れた。

「いやもう,勘弁してっ!?」

 周りの生徒がチラチラとこっち見てるよっ!?


「はい,立って立って!みんな見てるよっ!?」

「は~い」

 まったく恥ずかしいっ!


「あ,あの・・・,先輩」

「ああ,ゴメンね?芹夏ちゃん」

「やっぱりこの子が芹夏ちゃんなのね~!?」

「は,初めまして,お義母様!日野芹夏と申しますっ!」


「・・・『お義母様』?」

 キラーンと母さんの目が光る。

 ヤバい,真面目モードにいきなり突入だっ!?


「・・・あなたに『お義母様』と呼ばれる謂われはないのだけど?」

 このやり取り3回目ぇ!?


「も,申し訳ありません。あの,何とお呼びすれば・・・?」

「私の名前は『濱口紅葉』。衛の母親よ?名前で呼んでくれていいわ?」

「は,はい。紅葉さん・・・」


 あまり脅さないでやって!?

 昨日は,栞ちゃんがお漏・・・,ゲフンゲフン。


「・・・一つ聞きたいんだけど?」

「・・・なんでしょうか?」


「あなたは,美咲ちゃんに対抗して,息子に告白したの?」

 いきなり核心ついたっ!?


「ど,どういうことでしょうか・・・?」

「あなたのその髪型,美咲ちゃんを意識してでしょう?」

「・・・っ!」

「なんでも,衛に告白したのも,美咲ちゃんが試合に負けて,落ち込んでいる時って聞いたけど?」

「そ,そうですが・・・?」

「美咲ちゃんを発憤させて,何がしたかったの?」

「な,何がって・・・」

「本当に衛のことが好きなら,小野先生が来たときに名乗りをあげてたでしょう?」

「・・・」

「どうして,一人だけ遅れて参戦したのか,その理由を聞きたくて,今日は来たのよ?」


 芹夏ちゃんは,ガクガク震えている。

 ま,マズいな・・・。


「私は衛が誰と付き合おうと,構わない。母親らしいことは何もしてあげられないけど,息子には幸せになってほしいと,心から思ってるわ」

 母さん・・・。

「・・・」

「でもね,芹夏ちゃん?ただ,美咲ちゃんに対抗したいだけで,場を引っかき回そうとしているのなら,やめてくれないかしら?」


「・・・さい」

「え?」

 え?


「見くびらないで下さいっ!」


 ・・・芹夏,ちゃん?


「私はっ!ホントに衛先輩のこと好きですっ!」


「・・・え?」

「私が出遅れたのは,自信がなかったからですっ!」

 自信?


「衛先輩に告白してきた人たちは,みんな綺麗で,可愛くて,頭も良くてっ・・・!」

 涙目になりながら,芹夏ちゃんは叫ぶ。


「美咲先輩がっ!衛先輩に距離を置きはじめたときは,私にもチャンスがあるかもって思ってました!」

「・・・芹夏ちゃん」

「でもそれでもっ!美咲先輩が,衛先輩のコト好きなのに,友達にからかわれるなのが嫌で,かっこつけてるだけって知ってましたっ!」

「・・・」

「だから,ホントはっ!すぐにでも告白したかったのにっ!自信がなくて,ずっと出来ませんでしたっ!」


 ・・・そうだったの?


「だからっ!美咲先輩が,かっこつけてっ!気負いすぎてっ!試合に惨敗したのを見たとき,許せなかったっ!悔しかったっ!」


「・・・ねえ,何が始まったの?」

「美咲・・・」

 騒ぎを聞きつけた美咲が,そばにやって来た。

 他の部員は遠巻きに見ている。


「私はっ!美咲先輩に,追いつきたくてっ!それでも追いつけなくってっ!だから諦めていたのにっ・・・!」


「・・・芹夏?」

「美咲,待って」

「え?」

「今,芹夏ちゃんは母さんと話している。もう少し見守らせて」

「えっ?あの女の人,紅葉さんなのっ!?」

「・・・マジか」


「私はっ!あんな無様を晒さないっ!今度こそっ!胸を張ってっ!衛先輩に告白しようってっ!」

「芹夏・・・」

 美咲は複雑な心境だろう。


「・・・どうして,そこまで衛のことを好きになったの?」

 母さんが聞く。


「・・・衛先輩は,私のコトを,ちゃんと見てくれました」


「え?」

「・・・私は,いつも美咲先輩に引っ付いてて,美咲先輩のオマケのような存在でした」

「・・・芹夏?」


「周りの人たちも,私のコトは,美咲先輩の腰巾着みたいだって,言ってました・・・」

 その陰口は,中等部の頃に聞いたコトがある・・・。

「でもっ,衛先輩はっ,私のコトをっ,ちゃんと一人の女の子として,扱ってくれました・・・」

 芹夏ちゃんは,ポロポロと涙を流し,詰まりながらも一生懸命に話す。


「だからっ,美咲先輩のっ,代わりになろうとっ,髪型もっ,マネしました・・・」

「芹夏ちゃん・・・」


「でもっ,そんなこと関係なくってっ,ちゃんと衛先輩はっ,私のコトを『日野芹夏』っていうっ,一人の女の子としてっ,見てくれたんですっ・・・!」

「・・・」

 母さんも,動揺している。


「・・・好きになっちゃ,いけないんですかっ?私はっ!私のこの気持ちはっ!他の誰にも負けないっ!」


「芹夏ちゃん・・・」

「だからっ!私のコトを見くびらないで下さいっ!私のこの気持ちをっ!見くびらないで下さいっ・・・!」


「・・・ゴメンね。私が言いすぎたわ」

 母さんが,芹夏ちゃんをそっと抱きしめた。

「そんなに昔から,衛のことを好いてくれてたのね?」

「はいっ!はいっ・・・!」

「ありがとう。母親として,嬉しく思うわ」

「はいっ!はいっ・・・!」


「・・・美咲ちゃん」

「は,はいっ!?」

 母さんに急に声を掛けられて,美咲がキョドる。


「芹夏ちゃんの気持ちは聞いたわね?」

「・・・はい」

「あなたはこの数年,衛と距離を置いてたわね?」

「・・・はい」

 美咲が俯く。

「芹夏ちゃんの言葉を聞いて,あなたはどう思った?」

「・・・芹夏の気持ちに気付けなくて,申し訳ないって思いました」

「そう・・・」


「美咲先輩っ!」

「何?」

「私は夏の大会,個人戦に出ますっ!」

「え,ええ。アタシも出るわ・・・」


「私と当たるまで,勝ち残って下さいっ!」

「はあ?」


「・・・私は,もう誰にも負けませんっ!誰にも遠慮しませんっ!どこで当たるか分かりませんが,美咲先輩にだって勝ってみせますっ!」


「・・・アンタ,アタシの去年の成績,知ってるでしょ?」

「知ってますよ,それくらい。でも春の大会のように無様を晒すようなら,私の敵じゃありません!」

「こ,この・・・」

「私は,必ず勝ち上がります!そして優勝してみせます!今度は私の頑張りを,衛先輩に褒めてもらいますっ!」

「言ってくれるわね。アタシだって,もう負ける気はないわ。今度こそ優勝して,衛とデートしてもらうんだから・・・」


 うーん。

 デートくらいなら,いつでもするけどなあ?

 翼さんともデートしたし,巧ん家・・・栞ちゃんにも会いに行ったしなあ・・・。


「衛~っ!」

「へ?」

 母さんが,何だかメラメラ燃えているっ!?


「私,今度はスポ根もの書くわっ!」

「何,言ってんのっ!?」

「恋愛要素を絡めたスポ根のプロットが,頭の中を駆け巡る~!」

「あ,はい」

「こうしちゃいられないっ!すぐに帰って,真緒ちゃんを呼び出して,打ち合わせをしないと~っ!」

 母さんはそう言って,駆け出していった。


「・・・嵐のようだ」

「・・・」

「・・・」

 美咲も芹夏ちゃんも,唖然としている。


「・・・え,えっと,衛先輩?」

「・・・衛?」


「うん。練習,頑張ってね?」

「はい・・・」

「うん・・・」




 まあ,僕に出来るのは,応援するくらいかないからなあ・・・。

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衛君クンのハーレム計画 やまがみたかし @imotti1107

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