chapter17~完全無欠のお嬢様にもウィークポイントがあるということを知ってしまった~

「なあ,衛?」

「なにさ,巧」

「今日は1人少ないな?」

「そうだね・・・」


「そういえば,美咲先輩いませんね?」

「羽原さんなら,2,3日頭を冷やすと言ってたわ」

「頭を冷やす?どういうことかな,山吹嬢?」

「さあ・・・?」


「で,何があった?」

「・・・聞かないでやってくれ,巧」

「怪しいな・・・」

「怪しいわね?」

「つ,翼さん!?」

 至近距離に,つばさんの顔があった!


「・・・何があったの?」

「あ,えっと,その・・・」

「なんなんだ?」

「ひっ!?」

 真後ろに,輝紗良先輩が立っていた。

 気配を消した!?


「なんなんですか?」

「ひょえっ!?」

 なぜか股間に,芹夏ちゃんが座り込んでいた。


「芹夏ちゃん,それはさすがにアウトよ?」

「はーい!」

 芹夏ちゃんは,素直に机の下から出ていった。


「怖えな・・・」

「ビックリだよ!?」

「で,何があったの?衛クン」

 翼さんの圧がすごい。


「き,昨日の放課後,さ・・・」

「あっ!美咲先輩,急用で部活休むって言ってましたね!」

「まさか・・・?」

 輝紗良先輩は,お気づきになったようだ。


「少年の家に上がり込んで,料理を教わろうとしたが失敗した!という,私の推理はどうだろうか?」

「・・・やっぱり輝紗良先輩は,ミステリ作家を目指した方がいいんじゃないかと」

「それって,抜け駆けじゃないですか!?」

 芹夏ちゃん,声が大きい!?

「そうね。同じマンションなのをいいことに・・・」

 翼さん,顔が怖い。

「許せんな。衛少年の好みを知るために,衛少年自身から好みの味を教わろうとは・・・」

「合理的ですね?」

 あっけらかんと芹夏ちゃんが言う。

「・・・確かに」

 さすがの輝紗良先輩も言い返せないようだ。


「・・・衛クンのお母様へのアピールにもなる,か」

「翼さん?」

「それで,羽原さんの首尾はどうだったのかしら?」

「・・・卵が」

「卵が?」


「・・・1パック無駄になった」


 輝紗良先輩と芹夏ちゃんが天を仰ぐ。

 巧はなぜが,ガッツポーズだ。

 翼さんは,何やら考え込んでいる。


「あの,翼さん?」

「え?なにかしら?」


「今度の休みでいいから,家に来てくれないかな?」


「・・・は?」


「「「はあっ!?」」」

 輝紗良先輩と芹夏ちゃん,そして巧の声がシンクロする。


「ちょ,ちょっと待って,衛クン!?急な話題展開すぎて,私もさすがについていけないんだけど!?」

「あ,ゴメン。迷惑だったらいいんだけど・・・」

「い,いえ,待って!迷惑ってわけじゃないのよ!?」

「じゃあ,来てくれる?」

「くっ!その子犬のような愛らしい眼差しはやめてっ!?」

「母さんが,会ってみたいって言ってるんだ」


「は・・・?」




「・・・日野嬢,竜崎君も見たか?あの山吹嬢が混乱しているぞ?」

「目玉がグルグルになるって,マンガだけの表現だと思ってました」

「いや,どういうことだよ!?」


「あ,芹夏ちゃんもそのうち」

「はあ!?」


「黒峰先輩,日野さんも目玉グルグルになりましたよ?」

「まったく驚きだ・・・」


「あ,巧。栞ちゃんにも会いたいって言ってたよ?」

「はああ!?」




「正常なのが,私だけになってしまった・・・」

 輝紗良先輩の呟きを拾う者は,誰もいなかった。




「いらっしゃ~い」

「は,初めまして!わ,私,山吹翼と申します!」

 のんびりモードの母さんに対して,翼さんはガチガチになっていた。


 週末,土曜日。

 翼さんが,家に来た。


「・・・翼さん,いらっしゃい」

「あ,ええ。今日はお招きいただきありがとう・・・」


 翼さんは,淡いグリーンのワンピースを着ていた。

 この前のデートの時,買った服だ。

 僕のプレゼントした帽子は,手に持っていた。

 ここに来るまで,かぶってきてくれたのだろう。


「どうぞ,上がって」

「え,ええ・・・」

 こんなに緊張している翼さんを見るのは初めてだ。


 いや,僕も緊張してるけどね!?


 母さんは,一体何を話す気なんだろう?

 この前も美咲に対して,急に真面目モードになって,威圧してたもんな・・・。


「これ,つまらないものですけど・・・」

「あら~!甘天堂の水ようかんじゃない~?私,好物なのよ~」

「まあ,喜んでいただけて,良かったです・・・」


 まだ,母さんは真面目モードじゃない。

「翼さん,どうぞ座って?」

「あ,うん,ありがとう・・・」

 翼さんをソファに座らせる。


「そうね~。じゃあ衛,お茶でも煎れてくれる?」


 来た~っ!?


「う,うん・・・」

 僕は,そそくさとキッチンに向かった。

 聞き耳を立てなきゃ!


「まあ,今日は来ていただいてありがとう。私が衛の母の,濱口紅葉です」

「!」

 翼さんも,母さんの雰囲気が変わったことに気付いたらしい。

「翼ちゃんと,呼んでいいかしら?」

「・・・はい,お義母様」

「あら?私はまだ,翼ちゃんの義母になった覚えはないけど?」

「・・・申し訳ありません。なんとお呼びすれば?」

「紅葉さん,でいいわよ?」

「は,はい,紅葉さん・・・」


 何だか見えてゃいけないものを,見てるような気がする。

 今回の一連の出来事は,全て翼さんの掌の上で踊らされていたような気がしてた。


 その翼さんが,まるで蛇に睨まれた蛙みたいになってる!?


「・・・あ,あの,粗茶ですが」

「ありがとう,衛クン・・・」

「ありがと。あなたも座りなさい」

「は,はい・・・」


 母さんは,何を話す?


「まずはお礼を言わせて?」

「は,はい?」

「今回は,ルールの取り決めをしてくれて,ありがとう」

 母さんは頭を下げる。

「母さん!?」

「そ,そんな?紅葉さん,頭を上げて下さい!?」


「母親としては,息子が色仕掛けで人生ボロボロになるのは嫌だったの」

「は,はい・・・」

「それについて『だけ』は,お礼を言わせて?」

「は,はい・・・」


 『だけ』?


「でもね?ハーレムはどうかと思うの」


「・・・」

「この子はヘタレだから,たくさんの女の子に囲まれても,かえって態度をはっきり出来ないでしょう」

 ヘタレって!?

「はあ・・・」

「本当なら,失恋の痛手から自分で立ち直るまで,そっとしておいて欲しかったのだけど・・・」

「も,申し訳,ありません・・・」

「責めてるわけじゃないのよ?私も物書きの端くれだから,小説のヒロインになりたいって,翼ちゃんの気持ちも分かるわ」

「端くれだなんて・・・」


「作家はね,大抵は主人公やヒロインに自分を投影したがるものなの。そうでない作品も多いけど,やっぱり自分がやりたいことや,出来なかったことを,登場人物に託したいものなのよ?ちゃんと物語に即したキャラクターを創造する作家もいっぱいいるけどね?」

「は,はい・・・」

「私は前者かな?小野先生もそう言うタイプなんでしょう?衛の書評を聞く限りだと」

「うん・・・」

「だからというわけじゃないけれど,翼ちゃんにはお願いしたいことがあるの」


 ゴクリと,翼さんが息を飲む。

「な,なんでしょう?」


「物語のヒロインになるのはやめなさい」


「!」


 そうきたか・・・。

「そ,それは,どういう意味でしょうか?」

 翼さんはオロオロとして,母さんに問いかける。


「あなたは息子の,衛のどんなところが好きなの?」


「・・・そ,それは」

「言える?」


「は,はい,言えます!衛クンは,私の知るどんな男性より,とても優しい人です!誰に対して思いやりをもって接してくれます!私も,彼の優しさに救われました!」

「うんうん」

「確かに,気弱なところもあるけれど,何て言いますか,母性本能がくずぐられると言いますか,守りたくなる,そんな魅力のある男性です!だから私は,衛クンのことが・・・」


 いや,本人を前に,なに言ってんの!?


「・・・ありがとう。その言葉が聞けて安心したわ。誰をも守れるように『衛』って名付けたのにねえ・・・」


 それは,すみませんっ!


「どうか,その気持ちを大切にしてね?他の女の子は暴走気味なところがあるみたいだから,あなたにコントロールをお願いしたいわ?」

「か,かしこまりました・・・」


「うん。はあ~,疲れた~」

 おっと,真面目モード終了?

「衛~,頂き物の水ようかん食べたいなあ~?」

「まだ,冷えてないと思うよ?」

「美味しいものは常温でも美味しいの~。翼ちゃんも食べる~?」

「は,はい,いただきます・・・」




 その後は,翼さんは緊張を解けないながらも,母さんの著作について,いろいろ話をできた。

 かなり予習してきたのだろう。

 母さんは,真面目モードになることはなかった。




「デートの前に,お家に呼ばれしなくて良かった・・・」

 帰り際,翼さんは真っ青な顔をして,そう呟いた。

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