chapter8~『実録!学級委員長VS幼馴染み』なんて○シネマのタイトルじゃないんだから~

「はあ・・・。」




 大きいため息をつきながら,トボトボと通学路を歩く。


 最近,ため息多いなあ・・・。


 周りには同じ制服を着た学生がたくさん学校に向かって歩いていた。

 ここ最近早く学校に来ていたので,久し振りに見る光景だった。

 所々に少し形の違う制服の生徒が混じっている。

 中等部の生徒だ。




 教室に行くと,ほとんどの生徒がいた。

 みんな仲良し同士で楽しそうに話をしていたけど,僕を見てひそひそ話に切り替える。

「おはよう・・・」

「お,おう衛。日増しにヤバい顔になってきているな・・・」

 巧がもの凄く心配そうな顔をする。その時だった。


「ま・も・るク~ン!」

 キラキラのエフェクトを背負いながら翼さんが女の子走りで駆け寄ってきた。

「「「ま,まもるク~ン???」」」

 巧とクラスメイトの驚いた声が唱和する。

「ま,衛?どういう・・・?」

 巧に詰め寄られる。が,その時巧の声に重なるように声がした。

「どういうことよっ!」

 仁王立ちに立ち上がった美咲だった。


 はは・・・。

 どういうことか聞きたいのは僕の方だけどね。


「あら?何かおかしいかしら,羽原さん」

「な,なんで衛のこと名前呼びっ・・・」

「なんでってカ・ノ・ジョだから?ね,衛クン?」

「「「「カノジョ!?」」」」

「は,はは・・。翼さん,煽るのはそれくらいに・・・」

「「「「翼さん?」」」」

 またみんなの声が唱和する。


「おい,衛。昨日までは『山吹さん』って呼んでたよな?」

 巧の疑問もごもっともです。

「だって,昨日から付き合ってるんですもんね!(はーと)」

 (はーと)じゃないって!?

「き,昨日から・・・?」

 美咲の手がワナワナと震えている。

 そんな美咲を置いてけぼりに,翼さんが大仰に語り始める。

「夕暮れに染まった屋上。見つめ合う二人。やがてその影が重なり,触れあう唇と唇・・・。きゃっ!」

「「「えええーっ?!」」」」


 いやいやいや,確かにそれは本当だけどっ!?


「キス,したんだ・・・」

 美咲はわなわなと震えている。

「衛クンのファースト・キス,奪っちゃった!(はーと)」

「・・・ファースト・キス?」

「美咲?」

「ファースト・キスだったの・・・?」

「う,うん・・・」

 気まずい。

 クラスメイト達も固唾を飲んで,成り行きを見守っている。


「嘘っ!」

「え?」


「あんたのファースト・キスは,あたしだったじゃないっ!」


「「「「・・・えええええええっ?」」」」

 僕まで唱和しちゃったよ。


「3歳の時っ,公園の滑り台の上でっ,あたしとキスしたじゃないっ!」

 ・・・3歳の時?記憶にございません。

「3歳なんてノーカウントでしょう?彼も覚えていないようだし。ね,衛クン?」

「山吹さんは黙ってて!・・・あの時,大きくなったら結婚しようねって誓ってくれたじゃないっ!だから,あたし,あたし・・・」


 そんな約束・・・したかも?


「衛のバカーーーーっ!」

「美咲!?」

 美咲は泣きながら教室を飛び出していった。

「美咲っ,待ってっ!」

 美咲を追いかけようとするが,突然目の前が真っ暗になった。


 あれ?僕,倒れた?

「衛クン!」

「衛?衛っ!」

 翼さんと巧の声がだんだん遠くなっていく。


 そうだった。僕,ずっと眠れていなかったんだっけ・・・。




「う,ん・・・。」

 目を開けると,蛍光灯の光が目に入る。

 ここは,保健室?

「よかった,気が付いて!」

 ベッドサイドには,目からポロポロと涙を流している美咲がいた。

「美咲?」

「心配したんだよっ,急に倒れるからっ!」

「ああ,ゴメン。最近あまり眠れてなくてさ・・・」

「うう・・・」

「心配,掛けたよね・・・」

「本当よ!本当にっ,・・・心配したんだから!」

 美咲はずっと泣きじゃくっている。

「ゴメン・・・」

 美咲の手の甲に,手を添えた。

「衛・・・」


 あれ,なんかいい雰囲気?


 その時,保健室の扉が開く音がした。

「衛クン,目が覚めたのね!」

 カーテンを開けて入ってきたのは,翼さんだった。


 後ろには僕の鞄を持った巧がいた。

「大丈夫か,衛?」

「巧もすまない・・・」

「いいってことよ」


 翼さんが美咲とは反対側のベッドの脇に座り,僕の手をギュッと握りしめる。

「ご免なさいっ!私が羽原さんをからかいすぎたから・・・」

「からかったの?!」

 美咲が驚きの声を上げる。

「じゃ,じゃあ,衛の彼女ってのは嘘なの?」

「あ,それは本当」

「はあっ!?」

 ・・・ヤバい,胃が痛くなってきた


「・・・私が昨日,衛クンに告白して恋人になったのは本当。キスしたのもね。」

「なっ,なっ,なっ・・・」

「でも安心して,羽原さん。私は衛クンを独占する気はないわ」

「「は・・・?」」

 美咲と巧が目を丸くする。まあ,当たり前だよね。

「私はね,衛クンにハーレムを築いて欲しいの!」

「「ハーレム!?」」

 ああ,言っちゃった・・・。


「ハーレムというのは,一人の男性に対して多数の女性が取り巻くような状況のことで,語源はトルコ語の・・・」

「いやいやいや,解説はいいからっ!で,衛に何をさせようっていうの?」

「何をするかって,ナニをするんじゃないかしら?」

 美咲の顔が真っ赤になる。

 お嬢様が下ネタ言っちゃダメだよ・・・?


「だから羽原さん,貴方も彼女になればいいのよ」

「はあっ?アンタ,何言ってるか分かってんの!?」

「分かってるつもりよ。だって衛クン,3年の黒峰先輩にも告白されたんですものねえ?」

「あの『氷の女王様』っ!?」

「そうよ。凄く熱烈な求愛を受けてたものね。それも彼の不眠の原因の一つ」

「一つ?」

「もう一つは,私がキスを奪ったことかしら?」

「っ・・・!」

「ファースト・キスじゃなかったなんて少しショックだったけど,順番より量よねっ!これから頑張ればっ!」

「山吹さんっ!?」


「・・・羽原さん,貴方も衛クンのこと大好きなんでしょ?」

「うっ・・・」

 美咲の顔色が変わる。

「あれでしょ?幼馴染みの地位に甘えて,いつまでも彼の隣にいることが出来ると思っていた。思春期を迎えて距離が疎遠になったものの,今年は同じクラスになったから,少し素直になろうと思っていた。ラノベの負けヒロインの定石じゃない?」


「な,な,な・・・」

「あら,図星?」

「違っ・・・」

「違うの?」

「・・・」

「・・・まあいいわ。貴方が衛クンのハーレム計画に賛同できないなら力ずくで・・・。いえ,貴方の魅力で彼の心を射止めてみなさい。私は正々堂々と戦うわ,物量で」

 物量って・・・?


 ベッドを挟んでいがみ合う女子二人に圧倒されて,僕と巧は口を挟むことも出来なかった。


 美咲は何か覚悟を決めたように立ち上がって,翼さんを睨み付ける。翼さんも臆せず不敵な笑みを浮かべる。

「・・・分かった。アタシはアタシの魅力で,衛のことを射止めてみせる。覚悟してなさい!」

「ふふん。お手柔らかにね」

「衛・・・,アタシはアンタのことが好き。子どもの頃からずっと。この気持ちは誰にも負けない。それを証明してみせる!」

「はあ・・・?」

「・・・応援の約束,忘れないでね」

 美咲はいつもの笑顔を僕に見せると,踵を返して保健室を出て行った。


「はあ・・・」

 巧が大きなため息をつく。

「さすがに呼吸が止まるかと思ったぜ」

「竜崎君も変なことに巻きこんでご免なさいね」

「いや,まあ・・・?」

「竜崎君はどっちの味方をしてくれる?」

「え,俺?俺は,・・・どっちの味方も出来ないな」

「あら残念」

「とにかく俺は衛には幸せになって欲しいんだ。それだけは譲れない。もし衛に迷惑を掛けるようなことをするなら,俺が許さない」

「巧ぃ・・・」

 泣きそう。


「・・・貴方が参戦してきたら,誰も勝てないわね」

「俺までからかうな!・・・山吹さんがこんな性格だなんて驚いたよ」

「気を悪くしたらごめんなさい。でも,私も衛クンが好きだって言う気持ちに嘘偽りはないわ」

「・・・」

「衛クンは今日は早退してゆっくり休んで。竜崎君は衛クンを家まで送ってあげてね」

「ああ・・・」

「じゃあ,私も失礼するわ。またね,衛クン」

「あ,はい,さようなら・・。」

 呆然としている僕らを残して,山吹さんも保健室を出て行く。

 最後に見せた優しい微笑みが嘘でもからかいでもないと物語っているようだった。


「お前も面倒なことになったなあ・・・」

 帰り道,巧に送ってもらい家路につく。

「何だかね・・・」

「お前的にはどっちが好みなんだ?あ,黒峰先輩にも告白されたって言ってたっけ」

「好みって・・・,僕は失恋したばかりだよ?気持ちの切り替えなんてまだ出来てないよ」

「そうだよなあ」

「大体何で僕なんだよ。僕なんて何の取り柄もないのに・・・」

「お前っ!」

 巧が僕の両肩をガシッと掴む。

 ・・・え,何?このシチュエーション!?


「お前はすげえいい奴だ!思慮深いし,優しいし!顔だって可愛いぞっ!」

 え?僕,告白されてる?


「俺が親友と認めた男だ。そんなに自分を卑下するな!」

「あ,はい,ありがとう・・・」

「畜生,GWにどうにかしようと思っていたが,待ってられねえ!」

 え?僕,どうされるの!?


「帰ったらすぐに作戦会議をしないと!」

「た,巧!?」

「大丈夫!お前は何も考えず,今日はゆっくり眠れ。いいな!」

 力強く言う。何か目が怖いよ,巧。

 程なくマンションに着いて,巧は大きく手を振りながら夕日に向かって走り去っていった。


 ようやく自分の部屋にたどり着いた僕は制服のままベッドに寝転んだ。




 目が覚めたのは翌日の夕方だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る