棚森重雄(4)

「正直あの夫婦、どうなんだ?」

 角谷警部は山田巡査に尋ねた。

 コロッケの成分解析は急ピッチで進められている。なんでも向こうの偉い方が数十年来のドルフィンズファンらしく、事態を重く見ているようなのだ。こういうとき、私情というのは便利だ。

 結果が届くまで三人は、パトカーの車内で待機していた。角谷警部の隣で緊張気味の山田巡査は、唇を噛みしめている。

「――何かあるんですね」

 後ろの太川刑事は携帯を置いた。山田巡査はうなずくと、小さく言い放った。

「重雄さんには数億超の生命保険がかけられています」

「――本当か」

「誰から聞いたんですか?」

鳥羽とば泰江やすえさんという、お隣の奥さんです。同じような綺麗な家が建っているでしょう」

「ほう」

 角谷警部は息をつく。こんな街に家を建てるような成功者でも、婦人は噂話に目がないようだ。

 いや、金持ちだからこそか。

「鳥羽泰江と棚森敦子は仲が悪いのか」

「そんなことはありません。むしろ、よいほうです。鳥羽さんの家ではマーシャというペルシャを飼っていたのですが、なんでも息子さんがアレルギーを発症したとかで、今は棚森さんの家にいるとか。嫌いな相手に愛猫をあげますか」

 まあ、表向きかもしれませんが――と、小さくつぶやいたのを角谷警部は聞き逃さなかった。

 太川刑事は窓の外を見て、

「にしても遅いですね」

「なんだ、鑑識か」

「いえ。運転手さんです。僕らより先に出たはずですが」

「たしかに、そろそろ帰ってきてもいい頃だな」

 その後、運転手よりも先に鑑識から鑑定結果が送られてきた。

 コロッケの中には北海道産のカニエキスが発見された。それはアレルギー反応を引き起こすには十分な量だった。

 警察は速やかに妻の敦子に疑いの目を向けたが、一瞬で覆された。

 カニエキス入りコロッケを揚げたのは、お隣の鳥羽泰江だったのだ。

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