棚森重雄(3)

 妻の棚森敦子あつこは、化粧の薄い、凛とした美人だった。細身で背が高く、均整が取れた身体をしている。家の駐車場に物々しい車が停まっていることに怪訝のひとつも見せないところが、逆に良家の奥様らしい強さがうかがえる。旦那とは学生時代の同級生らしく、すでに四十の坂を超えているがとてもそうは思えなかった。

「どうぞ」

 棚森敦子は警官三人を招き入れ、四つのハーブティーを淹れた。親しいという山田は彼女の隣に座った。

「すみません。ご足労かけまして」

 刑事二人は頭を下げた。

「いえ。お買い物に出ていただけですから。それよりも、棚森の容態のほうは……?」

「はあ。単刀直入に申しまして、あまり芳しくはありません。アナフィラキシーショックの中でも重度のほうらしく、覚悟をなされよというのが医師の言葉でした」

「そうですか……」

 彼女は顔をうつむけた。瞳に涙が薄く浮かんでいる。それが演技だとしたら相当な女優だ。山田は彼女の背中を優しくさすった。

 角谷警部と太川はアイコンタクトを取った。こういうことは変にはぐらかさないほうがいい。

 太川が口を開け、警察手帳のメモを取り出した。

「ところで、奥様。今回の棚森重雄さんの症状というのが、食物依存性運動誘発アナフィラキシーといいましてね。アレルギー症状が出るものを摂取して二時間以内に運動をすると起こるものなんです。倒れたのが十時頃だから、朝の八時頃。もちろん時間は前後しますが、彼が今日何を食べたかご存知ですか」

「ええ。私が用意しましたから。今日は私のほうも朝から所用があって出ておりましたので、作り置きしたものを冷蔵庫に入れておきました」

 彼女は凛と言った。おそらく太川の言葉の含意は理解しているだろうが、逃げも隠れもしなかった。

 彼女は冷蔵庫から、白いプレートを取り出した。適当にラップがかかっていて、コロッケがひとつ、置いてあった。

「先ほどお茶をお出ししたときに確認したのですが、本来コロッケは二つ用意しておりました。ひとつ食べて、出かけたのでしょう。彼は時間にルーズですから、間に合わなかったのだと思います」

「なるほど。これを回収してもよろしいですか」

「はい」

 太川は皿ごと受け取り、鑑識課に連絡する。さすがに彼女に直接問いただすことはできなかった。

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