第1話|迷子の子猫を探せ

日曜日の午後、雲が途切れて、日差しがすこしだけ街をあたためていた。


咲良は、ゆるやかな坂の途中にある古い家の前で足を止めた。家の前にしゃがみこんでいる女の子がいた。まだ小学校の制服が少し大きそうな年頃。両手で握りしめた首輪を胸に、下を向いている。


咲良は声をかけた。


「どうしたの?」


女の子は首を横に振っただけだったけれど、手にしていたのが小さな首輪だったことで、咲良にはなんとなく状況が読めた。呼び鈴を押すと、母親らしい人が出てきて、ああ、すみませんと軽く頭を下げてきた。


「実は…飼ってた猫が、朝からいなくなってしまって。小さい子にはショックだったみたいで……」


咲良はうなずいた。


それはたぶん、特別な日常の“ズレ”だったのだと思う。

ふだんは寝ているはずの座布団にいない。

水の入った皿がそのままになっている。

返ってくるはずの「にゃあ」が、返ってこない。


時計の針が、どこか別の世界の時間を刻みはじめたような、そんな感覚。


咲良は、ポケットからARグラスを取り出し、スッと目元にかけた。


「一緒に、探してみる?」


女の子が、すこしだけ顔を上げた。


咲良が家に帰るころには、すっかり夕方の色だった。


部室には、勇人と葵がいた。勇人は床に広げた地図を前に何やら熱弁をふるっていて、葵はパソコン画面に集中していたが、咲良がドアを開けたとたん顔を上げた。


「ちょうどよかった。こっちでも猫探ししてるとこ」


「……ほんと?」


咲良は驚いた。今日だけで、そんな偶然が起きるなんて。


勇人がうなずいた。


「猫って、自由に見えて案外ルーティンあるんだって。毎日通るルートとか、時間帯とか。で、それをAIに入力していくと“このあたりにいる確率が高い”って地図ができる」


彼が指差したのは、AR地図上に浮かぶ“あやしいエリア”のヒートマップだった。


葵が補足した。


「迷子情報を共有してる近所のカメラもAIが解析中。毛並み、模様、サイズ。人間だと見落とすような映像も、ひとつずつピックアップしてくれてる」


「なんかすごいよね、AIって」


咲良がそう言うと、葵は少し首をすくめた。


「まあね。でも最後に動くのは人間よ。地図は出せても、猫の名前を呼ぶのはAIじゃないから」


その日の夜、彼らは4人で捜索に出かけた。


勇人と葵、咲良に、芽衣も加わっていた。芽衣は自宅でも猫を飼っているせいか、表情が切実だった。夜風の中、町は静かだったが、猫を探すにはちょうどよかった。


小さな懐中電灯の光が、足元をやさしく照らしていた。


「あそこ、猫が通りそうな細道……」


芽衣が指差す。


「OK、カメラ設置済み。AIに分析させるね。ほら、昨日の深夜2時に白黒の猫が通ってる。尻尾が黒くて先だけ白い」


「それって……!」


咲良はAIアシスタントの画面に、女の子からもらった猫の写真を表示させた。


尻尾の模様が、一致していた。


その後の動きは、まるで物語のようだった。


地図上で予測されたルートに従い、彼らは小さな川のそばに出た。そばにある古い物置のあたりで、芽衣がぴたりと足を止めた。


「……鳴き声、聞こえた」


全員が耳をすませた。風の音、水の流れ。そして──


「にゃ」


勇人が息をのんだ。物置の奥、倒れたダンボールの隙間に、小さな目が光っていた。


芽衣がそっと近づくと、猫は「ふにゃ」と小さく鳴いて、歩み寄ってきた。


帰り道、咲良はAIアシスタントの画面を見つめながら歩いていた。


そこには、「発見済み:目的達成」と冷静なログが表示されていた。


でも──


画面の言葉だけでは、語りきれないものがある。


たとえば、あのとき女の子が笑った顔。

猫が安心したように小さく喉を鳴らしたこと。

芽衣がふっと息をついたその瞬間。


そういうものは、たぶんログには残らない。


だけどそれでも、いい。


「ありがとう、AI。でも、最後に見つけたのは、私たちだったね」


咲良はそう呟いて、グラスを外した。


夕空には、月が昇りかけていた。




✦ afterlight:月明かりに照らされて

AIは懐中電灯。

でも、歩いた足跡までは照らさない。

小さな“ありがとう”は、ログに残らない。

それでも、君が見つけたことは──ちゃんと、真実だった。


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