4−4

 あれからいくらか、時間が経った。

 ニヴェール侯爵ラルカンジュは辞任の後、禁固。その末子であるギュスターヴを含む犯行グループ全員は、首を括られた。

 外務尚書しょうしょにはラルカンジュ派の次席が就いたそうで、ラルカンジュほどではないにしろ、うまく立ち回れているらしい。ラルカンジュが、自身を含む逮捕の件をあらかじめ各方面に報告、謝罪していたようで、そのあたりは円滑にが進んだようだった。

 市井も宮廷も、思ったより混乱は少なかった。ラルカンジュの子息が凶行に及んだことよりも、それをダンクルベールが捕まえて、そのことごとくで、プラスローたち消防隊が人命救助に活躍したという方に目が向いたのだろう。蒼鷺あおさぎ出版など、一部のマスメディアが執拗に騒いでいるだけで済んでいる。このあたりはダンクルベールや、プラスローが主君と仰ぐマレンツィオの人徳によるものかもしれない。

 カゾーランと両議会議長の辞任も撤回となり、カゾーランは内心、胸を撫で下ろしていたようだ。セルヴァン宛に一通、謝意を示す手紙が届いたそうだ。ただ両議会議長については、双方とも任期満了がそろそろということもあり、立場としてはそう変わりようがない様子である。

 プラスローも快復し、警察隊と消防隊の交流も盛んに行われるようになった。特にアンリは大変に喜んでいて、人命救助にまつわる技術について、熱心に学んでいるようだった。


 国家憲兵消防隊。通称、ブロスキ男爵家臣団。ほんとうに気持ちのいい人々。火に立ち向かい、人を救う勇者たち。警察隊とはまた違った、どこまでも頼り甲斐のある男たち。

 関われたこと。誼を通じることができたことが、ペルグランにとっては嬉しかった。


 フォンブリューヌの緊急捜査事案から帰ってきて、ダンクルベールが体調を崩していた。

 いくらか重めの風邪だという。大事には至らないが、年齢が年齢だから、油断はできない。


「それは大変。すぐに向かうわ。知らせてくれてありがとうね、ペルグラン少尉さん」

 褐色の肌が美しいリリアーヌが、心配そうな顔で、そう言ってくれた。

 念の為と思い、ペルグランは、ダンクルベールの娘ふたりにも病状を知らせておいた。ふたりともほんとうに心配なようで、すぐに駆けつけてくれた。


「熱も落ち着いたので、あとは気の持ちようが上向けば大丈夫です」

「そうなのですね。気持ちというのも、大事な要素なんですか?」

「病は気から、とも言うでしょう?」

 そうやって、アンリは笑っていた。

 仕事上がり。アンリと一緒にダンクルベールの屋敷に向かっていた。今日あたり、きっとリリアーヌとキトリーが到着しているだろう。ふたりへの挨拶も兼ねてである。

「そういえばアンリさん、“錠前屋じょうまえや”に混ざって、消防隊の訓練にも参加しているんでしょう?あの、高い梯子に登ったり、ロープ一本で滑り降りるやつとか」

「楽しいですよ。私は、体を動かすのは好きですから」

「すごいなあ。まず、その意欲がすごいですよ。俺なんて、高いところはあまり得意でなくって」

「あら。船乗りさんなら、マストに登ったりするんじゃないんですか?」

「下は絶対に見ないようにしています」

 それでふたり、腹を抱えた。高所恐怖症とまでは行かないが、高いところは苦手である。このあたりはルキエなどにも馬鹿にされているので、いつか克服して、見返してやらねばならない。


 そろそろ着く、というあたり。目の前にふたり、こちらに歩いてきた。横にも縦にも大きい体が、何かを山盛りに抱えていた。

 その姿に、見覚えがあった。


「これはブロスキ男爵閣下。ご無沙汰しております」


 駆け寄り、ペルグランは敬礼をしていた。そのひとは満面の笑みを返してくれた。

 貴族院議員、ブロスキ男爵マレンツィオである。抱えていた、山盛りのお菓子を、隣りにいた秘書と思しき人に手渡してから、大きな身振り手振りで再会を喜んでいた。


「ときにペルグラン殿。そちらの方をご紹介していただいてもよろしいかね?」

 ちらとアンリを見やる。やはりブロスキ男爵という言葉にびっくりしたのだろう、緊張した様子である。


「チオリエ特任とくにん伍長。つまりは、あのサントアンリさまであらせられます」

 それでも、つとめて笑顔で紹介した。おずおずといったふうに、アンリは会釈をした。


「お会いできて光栄です、ブロスキ男爵さま」

「これはこれは。俺の方こそ光栄だ。よもや、あの向う傷の聖女とこうやってお会いできるなどとは夢にも思わなんだ。それもこんなに可憐で美しい貴婦人だとは、露とも知らなかったよ。ああ、かみさんにいい土産話ができたなあ」

 やはり大きな身振り手振りで、握手を求めたり天を仰いだり。賑やかな人である。それでアンリもいくらかほぐれたようだった。


「では、私は先に」

 ひとしきりの紹介が終わってから、カスタニエと名乗った人は、どこか冷淡に踵を返してしまった。

「機嫌を損ねてしまったのでしょうか?」

「ああいうやつなのさ。何かの機械のようなやつでな。それでもまあ優秀だ。何しろ心身共に強靭でね。ありゃあセルヴァン閣下も持て余すだろうよ」

「司法警察局にいらしたのですか?」

「先ごろ紹介してもらったのさ。今のところは大満足だ」

 にんまりと、マレンツィオは笑っていた。


「おじさま、お久しぶり。きっと元気だって思ってたけど、それ以上ね。少尉さん、アンリさん。ありがとう。折角だから、おじさまとゆっくりしていってね」

 ダンクルベールの屋敷。リリアーヌとキトリーが出迎えてくれた。ほんとうに娘ふたり、格別に美人なのだから、今でも会うたびにどきどきする。


 マレンツィオは、流石は本場の伊達男エスト・ヴァーナといったところで、ほんとうに話上手だ。なんだかというか、やっぱりというか、親戚のガブリエリに似たものを感じる。初対面のアンリに対しても、褒めそやし、つらさを受け止め、そしてダンクルベールの悪口を言ったりして。ふたり、すぐに仲良くなっていた。


「男爵さま。実は私も、男爵家臣団になったのです」

 そろそろ、といったあたり、アンリが話を切り出した。マレンツィオは、ほう、というように、興味深げな顔をしてみせた。

「以前、消防隊の皆さまと現場をご一緒させていただきました。その際、プラスロー中佐さまとジョクス大尉さまから、あのジャケットを頂戴いたしました」

「なんとなんと。これは果報なこともあったものだ。あのしみったれた連中と離れて幾年経ち、そんなこともあったものだと忘れかけた頃に、よもや君のような守護天使をお迎えできるとはな。プラスローめも舞い上がっているだろうさ」

「はい。張り切りすぎて、いくらか前にお怪我を負われてしまいました」

「それはいかん。あちらの方にはあまり顔を出せていないから、今度、喝を入れに行かねばならんな」

 そうやって、マレンツィオは呵々と笑った。


「男爵家臣団って、消防隊本部のことでしょ?うちの息子が憧れててね」

 キトリーが話題に入ってきた。くすくすと笑っていた。

「かっこいいんだって。うちの近所に、まだ若い消防さんが住んでてね。よく遊んでくれるの」

「それはいけない。危ない仕事だ。それになにより、華のない仕事だよ。何とか言いくるめて、改心させたまえ」

「実際、かっこいいですよ。プラスロー中佐殿とかも、未だに男爵閣下をお慕い申し上げておりますし」

「そうだろうかねえ。リリィ君は、どう思うかね?」

「うちのパトリック・リュシアンも、おじさまが消防隊だったこと伝えたら跳び上がってたわよ。かっこいいって」

「かっこいい、か」

 どうしてか、その言葉だけは、気取ったように言ってみせた。なんだかおかしかったが、何とか笑いを堪えるに留めた。


「まあ、当然だな。なんたって、俺の可愛い家臣どもなんだから。かっこいいに決まっているさ」


 笑っていった言葉に、ペルグランは堪えたものが弾けてしまっていた。アンリも吹き出すようにして笑っていた。


 彼らは男爵家臣団。この人が主君なんだもの。かっこいいに決まってる。


(4.我ら、男爵家臣団:おわり)

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