3−6

 ロリオ伍長の、母の様子を見に行くことになった。

 ダンクルベール、ムッシュ、アルシェ、ペルグラン、そしてガブリエリ。

 事前にムッシュから、油合羽あぶらがっぱ以外のものを着るよう言われていた。匂いをいやがることもあるらしい。


 ビゴーは、先に見てきたそうだった。話を聞き出そうにもかぶりを振るばかりだった。ありゃあひどい。言葉としても、その程度だった。

 ガブリエリは、知識も経験もなかった。それはあるいは、幸いなことなのかもしれない。ただ、いずれは知ることになる。ビゴーとともに歩いていく中で、必ずどこかで見ることになるだろう。

 それが、今だった。


 わかってやること。理解を示してやること。ましてビゴーができなかったことを、やらなければならない。


「貴様は、どうなんだ?」

 何となく、隣りにいたペルグランに話を振った。

「別にどうとも。知識はある。見るのは、はじめてだ」

「ご親族にいたのかね?」

「ニコラ・ペルグランが、そうだったんだとよ」

 言われて、ぎょっとした。

「聞くべきではなかったな。すまん」

「いいさ。伍長と会ってから、色んな人に打ち明けた。すっきりしたよ」

 ペルグランは、笑っていた。


「いやなもんだね。いいとこ産まれってのも。いらないものばっかり物置に入っているんだもの」

「それはほんとうにそうだ。断捨離だんしゃりひとつやりたがらない屋敷だよ。とっとと引っ越ししちまいたいもんだね」

 ふたりでひとしきり、笑った。


 奇縁も奇縁だった。もと王家のガブリエリと、英雄の血筋のペルグラン。士官学校の頃は好敵手ライバルとしての関係が強かったが、警察隊本部に入ってからは一気に距離が縮まった。

 ペルグランが行きたいところに行けなくて、不満たらたらのぶうたれ小僧になったのが、あるいはよかったのかもしれない。現場と先輩に叩かれるだけ叩かれて、人間として大きくなった。人間味がある人間になって、付き合いやすくなった。


 あとは、ラクロワの存在も大きいだろう。

 中流家庭出身の、素朴な女の子。士官学校のころはまったく目立たなかった。同期として一緒に過ごす時間が多くなったことで、男ふたり、女の子にかっこいいところ見せてやろうぜ、ということばかりやっていた。名家出身ともなれば遊んで歩いている印象が強いだろうが、実際は同世代の付き合いだなんてほとんどない。まして異性ともなれば、尚更だった。


 どこにでもいるような女の子。新鮮だった。


 きっと、あれは恋だったのだろう。それでも、ラクロワがペルグランに対して淡いものを持っていることに気付いたため、諦めた。男ふたりの、あるいはラクロワ含めて三人の友だちという関係を壊したくなかったから。

 今は、独身寮近くのカフェで働いている女の子とお付き合いをしている。最初は名前で気後れされたけど、すぐに打ち解けた。


 これで同期三人、これからも仲よくできる。真っ直ぐに、見ることができる。

 ちょっとだけの後悔はあるが、それでいい。そういうことにした。


 ロリオの家の近くになって、おもむろにペルグランが何かを取り出した。手首にそれを、ひとたらし。そして、香りを嗅いだ。

 手妻てづまかと思った。瞳が、あかくなったのだ。

「何だ、そりゃ」

「夫人とのさ。ほんとうは夫人も来たがってたが、こっちのほうがいいってね。俺の感覚を間借りしているんだと」

「へえ、便利なもんだね」

 それぐらいに留めた。


 ボドリエール夫人。あるいは、あかき瞳のシェラドゥルーガ。

 ペルグランがそれと会った後ぐらいに、ガブリエリも会っていた。

 ビゴーと町中を歩いているときに、声を掛けられた。随分な別嬪さんだと思ったが、名刺を渡されて腰を抜かしそうになった。


 シェラドゥルーガが、生きている。


 それでもこわかったのは、それぐらいだった。たまに、ビゴーとお喋りがしたいのだという。カフェでお茶したり、ビストロでめしを食うなりして、親しくしてもらっている。

 最初は色仕掛けなど、色々と意地悪をされたが、最近はつとめて大人の女性として接してくるようになっていた。どうやらペルグランと比べて、遊び甲斐がないらしい。


 ロリオの家。すぐに違和感というか、嫌悪感があった。

 汚い。そして、臭い。排泄物や汗、垢とかそういった、人の臭いだ。

 入っていく。奥の間。ロリオと奥さま。ふたりともやせ細り、虚ろな表情だった。

「おっかさん。私ですよ、ラポワントです」

 ムッシュの声。それは、寝台の上に座っていた。

 骸。そうとしか、思えなかった。

 めしは、食えていないのか。休職中の下士官とはいえ、介護手当なり何なりで賄えるはず。いや、食の好みか。服の汚れ。いやがっている。服も替えず、身も清めていない。すべて、いやがられているのか。

 ロリオたち夫妻。傷と痣。やはり、暴力。あるいは暴言か。やせ細り、目が虚ろでいる。

 何が起これば、そうなるのだ。

 目の前の老婆。

 それでも、わかってやらなければ。そう思ったとき。


「ひとごろしっ」

 ムッシュが、触れようとした途端だった。


 伸びっぱなしの爪。それのまま、ぶん回した。ムッシュはかろうじて、それをいなしていた。


「殺される。殺される」

 開いた目。点のような瞳。ただひたすら、叫んで。当たりのものを掴んでは、ぶっつけて。

「あんたたち。奪いにきたんだろ。うちには何もないんだよ。あんたたちが全部、持っていったじゃないか」

「押さえます。早く」

 ムッシュの声。でも、動けない。

 立っていない。へたり込んでいる。それにきっと、気付いていなかった。

「来い。ガブリエリ、押さえろ」

 ダンクルベールの声。焦りが多い。

 返事をしたつもりだった。音になっていなかった。立とうとしても、立てない。

 誰かに、立たせてもらおうとした。手を伸ばしたが、もう皆、あの老婆に飛びついていた。

「痛い、痛い。殺される。ひとごろし、ひとごろし」

 叫び、舌を根本まで突き出している老婆。その口にペルグランが咄嗟に、自分の左腕を噛ませた。そうやって体ごと近づけて、抱き込むようにして押さえ込む。猿轡の要領だ。

「ガブリエリ、何をしている。早く」

 おそらく、アルシェ。言われた通りだ。早くしなければ。

 それでも、体が、鉛のように。

「アルシェ。腕だけ、固定できるか」

「任せろ。血管を浮かせればいいな?」

「大丈夫です、お母さん。もう大丈夫、大丈夫ですから」

 声と、音しか聞こえなかった。あるいは、自分の呼吸と鼓動しか。


 何かが起きた。それで、何も、できなかった。

 老婆は、寝台に横たわっていた。静かに、眠っていた。


「よくやった、ペルグラン。痛むか?」

 大声。アルシェだった。聞いたことがないぐらいの、張り上げた声。顔も、そのひとのいつもどおりからはかけ離れたぐらいに、焦りとか、そういうものにまみれていた。

 ペルグランの腕。白いシャツに、血が滲んでいた。

「痛え、痛えっすよ、大尉殿。なんで婆さんなんかに腕噛まれなきゃいけないんですか」

「お前から突っ込んだんだ。おかげでおっかさんは舌噛まずに済んだ。よく考えたもんだよ」

 きっと、とりあえずのもので応急処置をしようとしている。拷問官だが、その都合だろう、傷の手当なども得意だった。

「ロリオ伍長。おっかさん、最後に歯を磨いてやったのは、いつだ?」

「すいません、すいません。もう、覚えちゃいない」

「まずいな。おかみさん、動けるか?動けるなら、湯を沸かしてくれないか?あと、なんでもいいから布切れ。ゆっくりでいい。頼む。ああ、ウォッカか、ウイスキー。ないか?」

 アルシェが、しばらくあたりを探し回ったあと、こっちを向いた。がたがたと震えている自分の方に、大股で迫ってくる。


 胸ぐらを、掴まれた。

 痛み。頬を、張られた。三度、ひっぱたかれた。


「いけるか?」

 つとめて静かに、問いかけられた。それで、ようやく頭の中に色がついてきた。

 眼の前のアルシェは、仏頂面はそのままだが、汗だくで、肩で息をしていた。


「ガブリエリ、よく聞け。ゆっくり言える心の余裕はないから、ちゃんと聞け。いいか。玄関を出て左に三軒、酒屋がある。一番度数の高い酒、ツケ払いで持って来い。お前の同期の腕一本、お前に任せる。いいな?よし行け」

 背中をひっぱたかれた。


 それからは、あまり覚えていない。覚えているのは、とんでもなく度数の高いウォッカの親戚みたいなのを、震える手でアルシェに手渡したあたりからだった。

 一拍置いてから、ペルグランの体を押さえつけるようにどやされた。

「また痛むぞ、ペルグラン。我慢しなくっていいからな」

 湯で清めた布切れで、何度か拭いたあとだろう。血はあまり出ていないが、傷口はがたがたで、無惨なものだった。

 そこに、酒で頬を膨らませたアルシェが、そいつを霧にするように吹きかける。外套を噛ませたペルグランが、声にならない叫びを上げた。のたうち回ろうとするペルグランを必死に押さえつけた。

 湯で清めた布を、その上から巻きつける。荒っぽいが、応急処置がひとつ、完了した。

「帰ったらアンリに診てもらえ。泣いて愚痴って、慰めてもらえ。そいつが一番の薬になる」

 仏頂面が、軽く笑った。それでもやはり、汗と焦りで崩れていた。


「ムッシュ。薬があるのか?」

「間に合せです。興奮のかめを溢れさせた。それで、ふやけているだけです。ほとんど麻薬か、毒みたいなもんだ。おっかさんに使うには、ほんとうはよくない。これで最後だ」

「なるほどな。こいつは弱り果てるはずだ」

 ダンクルベールもムッシュも、肩で息をしていた。ダンクルベールの杖は、見当たらなかった。


 それが目を覚ましたのは、少しもしないうちだった。

「あんたたち、誰だい?警察さんかい?」

 はっきりした声だった。

 ほっとした様子で、ダンクルベールが、その手を取った。

 手は、震えていた。

「おう、そうだよ。おっかさん、叫んでた。ひとごろしが来たんだろう?びっくりしたろうよ。おっかさんは隠れてて無事だったんだ。よかったなあ。俺たちが今、取っ捕まえたからな。安心しておくれよ」

「ああ、ダンクルベールの殿さまじゃあないですかあ」

 老婆もダンクルベールも、笑顔だった。そのまま、上体を起こしてあげていた。

「ありがとうごぜえます。ほんとうに、ありがとうごぜえます。ああ、お怪我をなされている方もいらっしゃって」

「俺のことは大丈夫。それよりね、お母さん。息子さんとお嫁さん、必死になってお母さんを守ってくれてたんです。褒めて、どうか褒めてやって下さい」

 痛みに顔を歪ませながらも、ペルグランは笑っていた。出任せでもいい嘘をついている。こんなときでも、頭が回っているのか。


 見回した。アルシェがいない。

 よろよろと体を動かした。


 いた。アルシェの姿。


 汚れた家の、掃除をしていた。沸かした湯の残りで、何かしらの飲み物も作ってあげたのだろう。ロリオ夫妻に、それを飲ませていた。

 それだけはなんとか、手伝えた。


 ひとしきり、家の掃除とか、めしの作り置きとかを済ませて、ロリオの家を出た。

 誰も彼もが、立派だった。医者としてのムッシュ。暴走を抑え込み、老婆の話に付き合ったダンクルベールとペルグラン。そして、ペルグランの傷の手当も、ロリオ夫妻のことも、家のことだって全部やっていたアルシェ。


 思い返したとき、足は止まっていた。


「ガブリエリ。おい、どうしたんだよ」

 振り向いてくれたのだと思う。

 もはや、涙しか出てこなかった。


「長官。私は、自分が」

 そこまでは言えた。後はもう、わからなくなってしまった。

「びっくりしたんだろう?あんなの、はじめて見るんだから、当たり前だよ。俺だってこわかったさ」

 ダンクルベールの温かい言葉と微笑み。いつもどおりの、深く、響くような声。

「それでも、情けないです。何もできなかった」

「それが自覚できるだけでも、十分。十二分だ。自覚できないやつだって山ほどいる。お前はひとつ、学びを得た」

「それだけじゃ、それだけじゃないんです」

 かぶりを振りながら。

 思ってしまった。絶対に、そう思ってしまってはいけないことを。

「汚いって。汚らわしいものだって、思ってしまった。私たちは、ああいう人を守るために働いているのに。それを、おぞましいとか、気持ち悪いものだって思ってしまいました。恥ずかしい。今だって、恥ずかしいんです。皆さんと比べて、私の服は、綺麗なまんまだ。何も、何もかも」

 皆、汚れていた。それでも、輝いて見えた。

 それが何より、つらかった。


 横に並んで、肩を組んでくれた。ペルグランだった。

「俺だって、全然駄目だったよ。駄目すぎて、何やったか覚えちゃいないんだ。頭の中にいた夫人にずっと怒鳴られていた。何を怒鳴られていたのかも、覚えていないぐらいにだよ。馬鹿だよなあ。笑ってくれよ?」

 笑っていた。きっと、作り笑い。それでも、それができる。強いやつだ。ほんとうにこいつは、強いものを持っている。


「世の中にはさ、いろんなものがあるんですよ。綺麗なものばっかりじゃない。それはきっと、頭では理解できているはずだ。それを今日、実際に見た。それは君の理解を越えたものだった。なあ、少尉。それだけのことなんだよ」

 ムッシュ。数多くの人の生と死を見てきた人。医者としても、処刑人としても。

 それだけのこと。その言葉が、何よりも重かった。


 両肩に、手の感覚。顔を覗き込んでくる。

 アルシェ。真剣な、顔つきだった。


「なあ、ガブリエリ。お前の大好きなおやじさんだって、ありゃあひどいって言ってたろ?あの神さまみたいなおやじさんがそう言うんだ。お前や俺みたいなのが、そうじゃないって言えるか?そうじゃないだろ。自惚れんじゃないぞ」

 この人から出てくるとは信じられないほど、力強い言葉だった。

 一番、立派だった。母親だけでなく、ロリオ夫妻や家のことまで、てきぱきとやっていた。

 酷薄な拷問官とばかり思っていた。謀略家とばかり思っていた。違った。誰よりも人のことを見て、考えられる人だった。ロリオたちより側にいて、ロリオたちよりも長くいるはずなのに、それすらも気付けなかった。

 すべてがやはり、涙と声として、出ていた。

「ちゃんと涙、枯らすまで泣くんだ。泣いて、泣き疲れて、いい男の顔で帰るぞ。それが今の、お前の仕事だ」

「はい、はい。すみません。皆さん。面目ありません」

 言われた通り、空になるまで泣いた。


 庁舎に戻ると、アンリとラクロワが待っていた。

 色々と用意をしてくれていた。身を清めるための温かい布だとか。替えの服だとか。めしも、用意してくれていた。

「ラクロワ。祝日なのに、すまんな」

「いくらかでも、力になれればと」

 ダンクルベールの労いに、ラクロワはちょっと固いながらも、微笑んで答えていた。

 困っている人を助けたい。それが、ラクロワというひとの行動原理だった。それに自分たちは、大きく支えられていた。


 ビゴーが入ってきた。医務室で、アンリがペルグランを手当しているのを見ていたときだった。

「どうでしたかね?」

 瞼を閉じたままの、問いだった。

「何も、できませんでした」

「でしょうね。でも、それでいいんですよ。悔やむこたあない。あたしだって、何にもできなかった。わかってやることも、見てやることすらも」

 そう言いながら、隣りに座ってくれた。

 いつもの落ち着く感じはなかった。ビゴーというひとの、温かさが感じられなかった。


「あのおっかさんね。あれであたしのひとつかふたつ、上なんですよ」

 胸に、穴が空いた気分になった。


 ビゴーは、白秋はくしゅうに入っていくらかもしない程度のはずだ。あの老婆は、もっともっと上に見えた。

 あの病は、そこすらをも蝕むのか。

「自分がああなっちまうかもしれないってね。馬鹿なもんです。あたしは、自分しか見れなかった」

「准尉殿ですら、そうですものね」

「あんた、真っ直ぐだから、真っ直ぐ見ちまったでしょう。人の倍も三倍もきついはずです」

「きつかったです。見たくないと思うほどに」

「そう、それでいい。そういうもんなんです。だからこそね」

 握った手が、震えていた。


「シェラドゥルーガという言葉に納得してしまった。それが、情けないんです」

 草臥くたびれた顔に、ひとすじ、流れた。


 このひとですら、そこまで思ってしまうものなのか。


「人の生命いのちを奪う権利は」

「ありゃあしないんですよ、誰にも」

 アンリの声に、荒げた声で割って入った。震えてもいた。

「それでいい。それが正しい。そうあってほしい。でもね、あたしがそうなるかもしれない。ガブリエリさんやアンリさんたちを、ロリオさんみたいに扱っちまうかもしれない」

 ゆっくりと、首を振りながら。

「そうなるぐれえだったら死んじまいたい。でも自分ではきっと、死ぬことすら覚えちゃあいない。だから、そう。シェラドゥルーガさんなんですよ。たとえシェラドゥルーガさんが人並み以上の感情と感性を持っていたとしても、それを望んじまう。あのひとにつらいもん、全部おっかぶせてでもさ。だって、他のひとは守れるんだもの」

 そこまで吐き出して、顔を覆ってしまった。

「あたしがしてやれるんなら、してやりたかった。その度胸もねえんだ。人に何が言えるかよ」

 ビゴーというひとの、痛み、苦しみ。それが、その言葉のすべてだった。

「だから、連れてきちまった。安請負をしちまった。失格ですよ、あたしは」

 顔を上げたビゴー。いつもの顔だった。

「それでも、着いていきます。私も、失格ですから」

「すまないねえ」

 そう言って、去っていった。

 あれが、ビゴーの腹の中。その、すべて。

 苦悩。その一言では、収めきれないもの。


「それでも、やはり」

 アンリだった。

「奪っては、いけない」

 だからこその、向こう傷の聖女。


 ひとしきりが済んで、ラクロワが退勤するところ。一緒に玄関まで歩いた。

「話は、聞いたんだ」

 ぽつりと。

「やっぱり、どうすればいいのかは、わからない」

「そうだね。私も、わからないよ」

 目を合わせた。自分の背丈からすると、ほんとうに子どもぐらいの小ささだった。

「ガブリエリくん、泣いたの?」

「よく、わかったね。やっぱりラクロワには、ばれちゃうか」

 笑ったつもりだった。

 ぽふりと、その小さな体が抱きついてきた。

「ラクロワ?」

「大丈夫」

 穏やかな、声だった。

「ガブリエリくんが、私やペルグランくんたちの分まで泣いてくれた。だから、お返し」

 声が、温かかった。その身体も。

 だから、一度離し、目線を合わせるぐらいまで腰を落として、こちらから抱き寄せた。

「ありがとう。やっぱり、ラクロワには敵わないなあ」

 この小さな体と、頼りなげな心が、ガブリエリのくじけた心を助けてくれた。


 君に恋をすることだけは、続けていよう。心が、豊かになるから。


(つづく)

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