ルーメン
クロウが振り返るとなんとおババではないか。いや、お釈迦様か。
「それ以上殴ると死んでしまうぞよ」
「かまわない。殺してやる!」
「そうか、ならば仕方がない。お前らの異能は全て消してやる」
クロウはその言葉に戸惑う。
「な、なんだって?」
「ワシはアダインポシュポッターじゃ。預力者、異能を授けることもできれば、奪うこともできる」
「この異能はロードが命を捨ててまで俺に与えてくれたものだ!手放す訳にはいかない」
「憎しみを憎しみで返しても負の連鎖が続くだけじゃ。ワシはあの釈迦の生まれ変わり。人殺しをゆるす訳にはいかぬ」
「神秘のマゴージュってなんだ?」
おババは天を仰いだ。
「ワシの前世、釈迦の魂のことじゃ。釈迦の魂は釈迦入滅後様々な人間に広がってな、ワシもそのひとりよ。ワシは釈迦のような聖者ではないが、魂の継承者として悪と戦う者の手助けをしているのじゃ」
「妖怪の神だろ。俺には関係ねーよ」
おババは杖を振り回す。
「おおありじゃ!妖怪は不遇な殺し方をされた者の怨念が輪廻の末に生まれ落ちた成れの果ての存在よ。『華厳経』を読んだであろう。因果の法則を知ったはず。悪い果をなくすには、悪い因を摘まねばならぬ。お主は今悪い因を作ろうとしている。見過ごす訳にはいかぬ」
ギースが叫ぶ。
「何をゴチャゴチャ言っているんだ!殺すなら早く殺しやがれ!」
おババはなにやらブツブツ経を唱え始めた。
「アダインメサグロングハセ゚タナ……」
するとどうであろう、ギースを捕らえていた「なわしろ」が消えていく。焦ったクロウはギースに体当たりをし、ギースを後ろ向きに倒す。
マウントを取ったクロウがさらにギースを打ちのめす。
「分からん奴じゃのう。しからば最後の手じゃ」
おババが天に向かって絶叫する。
「テ、ドゥーミ、マリア!」
おババの呪文に天が呼応するようににわかに暗くなる。雷鳴がとどろき、一人の女性が現れた。クロウはそれを見て言葉を失う。
「マ、マリア!」
いつもの慈愛に満ちたマリアの美しい姿だ。なぜおババはこんな修羅場にマリアを呼んだのか。
おババがマリアに優しく告げる。
「マリア、お主の異能を使うのじゃ」
マリアはその言葉に従い、両手を広げ大声で異能を発現する。
「ルーメン!」
あたりが光で満たされる。光は目をつぶるほど強く、クロウもギースも覆う。
するとどうしたことか、ギースが泣き始める。
「お、俺はスラムの出だ。いつも町に出て物乞いをしていた。惨めだった。なぜこの世には貴族なんかの金持ちがいて、俺らみたいな最底辺の者がいるのか理解できなかった。やがてその疑問は怒りに変わっていった」
クロウはおババを見た。
「何をした?」
おババは真っ直ぐにクロウを見る。
「ワシがマリアに与えた異能『ルーメン』は辺りを光で照らし、悪人の悪の因を取り去るのじゃ。ギースはもう悪人ではなくなった。お主はそれでもギースを殺せるか?」
ギースは再び懺悔する。
「あれは俺が10歳の時だった。みやこの景観をよくする区画整理が始まった。邪魔なスラムもその一角に入っていた。すると役人達はスラムの家に火を付けてまわり街は廃墟となった。俺の両親はふたりとも焼け死んでしまった。涙が止まらなかった。こんな理不尽な事があるかと俺は怒りに打ち震えていた。すると右手の人差し指が白く光始めた。その光を役人に向けると光の玉は一瞬で飛んでいき、役人は倒れて死んだ……」
クロウはそれを涙ながらに聞いていた。クロウもまたスラムの住人だったからだ。
「腐れた王や貴族、役人を徹底的に殺して回ろうと、それが俺の生まれた意味だと思った。仲間を集め『ピースフル』を結成し、俺達の復讐が始まった」
クロウが叫ぶ。
「もういい!それ以上は聞きたくない!それと俺の妹マリアを虐殺したのになんの因果があるんだ!お前らはやはり赦せない!」
クロウは再度涙ながらにギースを滅多打ちし始めた。
「これを聞いてもまだギースは赦せんか、クロウよ」
おババが悲しげにクロウに話しかける。
「赦せる訳が無い。それに世界を平和にしろと言い出したのはそもそもあんたじゃないか!悪の目は徹底的につぶしてやる。これは見せしめだ。悪を成すとこうなると民衆に周知徹底させる第一歩だ!赦す訳にはいかない!」
クロウが涙をぬぐう。
右手を構えるクロウ。最後の一撃でギースを殺そうと思った。手が震える。しかしその拳をふりおろせない。
「お兄ちゃん……」
その右手にマリアが手を添える。猛り狂ったクロウの拳から力が抜けていく。
「私ならもう大丈夫よ。天国でお母ちゃんと幸せに暮らしているわ」
クロウは手を下ろし号泣した。
おババが告げる。
「そうじゃクロウ。平和を成し遂げるには赦しがなくてはならぬ。わたくし事と公務をきちんと別けるのじゃ」
観念したクロウはロープでギースの手を縛る。
腑抜けのようにギースを引き、歩き始めた。
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