黒い玉
スピードは自分の攻撃の中で最も威力のある右横蹴りを龍にお見舞いするも、鼻に届かない。顔がデカすぎる。
ガシガシ ガシガシ
「うわうわあわあわ」
スピードが龍に総攻撃だ。しかし下顎をペシペシやるだけで全くノーダメージ。
「こりゃあかん! 逃げよ」
龍が壁をかじるのに夢中になっている隙にするりと顎の下をくぐり抜け、中央通りを走って来るスピード。
それを壁の横から片目で見ているとスピードがクロウがいる路地裏に駆け込んできた。
「うわ!そのまま逃げりゃいいじゃん」
「俺はお前の用心棒だ。守りに来た」
「いやいや守れないだろ。ここに飛び込んで来る事自体が大迷惑だし」
「俺の強さを信じろ!」
「いや、歯が立たなくて逃げてきたんじゃん」
龍が臭いでクロウ達のいる路地裏を探し当てた。またもや口を突っこみ両の壁をかじり始める。
一気に距離を詰めてくる龍。壁を破壊しながら臭い息を吐いてくる。
「くっせー! ヤバいぞクロウ、後ろも壁だ。もうおしまいだ」
壁を背にし、クロウが叫ぶ!
「うう、もう駄目だ!」
龍が大きく口を開け、牙をむいた瞬間!
どすん!
龍の顔面が突然地面に落ちた。
シ〜ン
「なんだ?動かなくなったぞ。死んだのか?」
クロウが杖で鼻をつつく。反応がない。
「し、死んだか?」
「多分……」
「なんで、いきなり」
「さあ……」
こわごわ龍の鼻の上に上る二人。頭を越えて仰天した。
「ない……首から先がない!」
その時、薄暗い町に太陽のような明かりが一斉に灯る。
浮かび上がった女の子と思しきシルエット。得意げに腕を組み、逆光の中、何やらポーズを取っている。
「もう大丈夫よ、おふたりさん。龍はあたしの『黒い玉』でお陀仏だわ」
町民が一斉に恐る恐る家から出てきた。町の中央灯が明るく光ると、女の子の姿があらわになった。
黒いワンピースに似つかわしくない太い革のベルト。旅の途中だろうか、ズタ袋を改造したリュックを背負いかわいい顔でこちらを見ている。
「助かったよ、ありがとう。俺の名前はクロウ。後ろのへなちょこは用心棒のスピード。君の名前は?」
「『ズズ』よ。恐れず、振り向かず、合わせてズズ。あたしの異能は最強よ。仲間に入れたい?」
「ほんとに!? 」
「気に入らねーなぁ」
スピードが前に出る。
「その異能、どれだけの力があるのか全く分からない。最強とは大きく出たもんだな、ズズとやら。その黒い玉とやらを俺にぶつけてみろよ」
ズズはきょとんとしている。
「あんた脳みそあるの?龍を倒せる力があるのよ。あんたの残った左の腕を吹っ飛ばすのなんかわけないわよ?」
スピードがくるりと向き後ろに歩き出す。
龍の胴体はその肉を切り取ろうとしている町民が群がり、ウロコを剥ぎ取り肉を包丁で削いでいる。
「君はどこへ旅をしているの?」
「西の果ての島よ」
「じゃあ目的地は同じだな。仲間になってくれるかい?」
ズズがスピードをあごで指す。
「あれが納得してないみたいだけど」
クロウがスピードを呼び寄せる。
「ちゃんと挨拶しろ、ごらぁ!」
スピードは首を横に振る。
「まだ認めたわけじゃねぇ。この目で見た物しか俺は信じないぜ」
「こいつ無視して宿屋を探そう」
クロウが歩き始めた。
しばらくすると大きな宿屋の前に店主と思しき男が近寄ってきた。
「あなた方が龍を倒してくれたのですね。みな大喜びですわ!厄介者がいなくなってこの町も一安心です。うちへ泊まっていって下さいな。ただですよ!」
「では、遠慮なく」
クロウら三人が宿屋に入る。そこはカウンター式の食堂になっていた。
「まぁまずはチャーハンから」
店主が奥へ消えた。クロウがズズに聞く。
「その異能はいつから使えるようになったんだい」
「子供の頃から。いじめられっ子だったのあたし。男子に囲まれて、ごちゃごちゃ言いながらこづいてきた時、突然手が真っ黒になったの。ピンときたわ。あたしの異能が発現したってね。試しに前の男子の顎を手で軽く払ったら、その男の顎がなくなっちゃって。みんなそれを見て逃げだしたわ。はは、いい気味」
涼しい顔で湯呑みのお茶をゴクゴク飲むズズ。クロウは寒気がしてブルっと震える。
「はーい。まずはこちらをどうぞ!」
旨そうなチャーハンがカウンターに置かれた。三人はガツガツそれを食らう。
「そこの役立たずの異能はどんなの?」
スピードがズズにガンをつける。
「俺に異能は必要ねぇ!俺は素手の勝負なら最強だからな」
「あの地ずり龍みたいに素手が通じない敵とはどうやって戦うのかしら」
「逃げるんだよ!」
ズズがきょろりとスピードと目を合わせる。
「だーははは。この役立たず!」
「まぁまぁ、お互い仲良くしようよ」
クロウが両手でケンカ腰の二人をなだめる。
「龍の肉でございます」
大皿にあの龍の焼き肉がドーンと乗ってカウンターに置かれた。
「龍の肉を食べると不老不死になると言い伝えられております」
肉の焦げた香ばしい匂い。三人の腹がぎゅるるっと鳴る。
スピードが小皿にごっそりその肉を取り、かっ食らう。満足そうに舌なめずりしながらクロウを見る。
「悪くねぇ」
ズズが静かに食べ始める。
「自分が倒した獲物の味は最高ね!」
スピードに聞こえるように大声でひとりごと。
クロウは二人に挟まれて肩をすぼめてもしゃもしゃ食べる。
厄介な旅になりそうだ。
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