乾いた国

 荒野の中を二人で歩いている。


「死ぬ。水が欲しい……」


「歩けよ」


「もう動けない」


「仕方がないな……」


 二日飲み食いしていない、何もない道。


 スピードがクロウをリュックごと背負い、また先を目指す。


 スピードも体力の限界に近い。しかしここで倒れれば二人ともお陀仏だ。


 ミシミシと足が軋む。力を入れていない者を背負うには倍の力がいる。


 しかしスピードはヘラヘラしながら一歩一歩を踏みしめる。空手家にとって極限状態で体を鍛えるのはそのあとの筋肉の成長の元になるからだ。


 昔の空手家はわざわざ極限状態にするために「山ごもり」をしたという。スピードは今その状態にある。それが修行となり楽しんでいるのだ。


 より強くあるために、スピードはさらなる過酷な太陽の光を望んでいる。



 町が見えてきた。


「おい、町に着くぞ」


 クロウは気絶していて返事がない。


「もう!」


 町へ歩くスピード。しかし違和感が。


 人の気配がしない。町に入るも荒れ果てた家屋が広がるだけ。


「マジか……」


 食い物は我慢しよう。しかし水が……


 クロウを降ろし、空の水筒を手に井戸を探す。しかし見つからない。


 再びクロウを背負い、町を通り過ぎる。


 また荒野の一本道を進む。今度はさすがにヘラヘラできる余裕はない。真顔で大地を踏みしめる。


 夜がきた。道端で野宿だ。夏でよかった。


「どれくらいあるんだろう」


 クロウが目を覚まして、横で寝ているスピードに聞く。


「さぁ。わかんねぇなぁ」


「そのうち死ぬんじゃないかな」


「お前はな。俺は大丈夫だ」


 クロウが満天の星空を見つめる。


「どうやって完全な体を手に入れるんだ」


「西に着いてみないとわからねぇ」


 二人は黙り込んでしまった。


 流れ星がつつーっと綺麗な筋を残し南の地平線まで飛んでいった。


「昔は流れ星ってすぐに消えたんだそうだ」


「へー。よくそんな事知ってんな」


「初等学校で教わる事だぜ」


 スピードが肩をすくめる。


「俺は勉強してねーからな。気づいた時には空手漬けの日々だったさ。お前は?」


「……普通の家に生まれて、普通に育った。父ちゃんは早くに死んだけど、母ちゃんと妹と幸せに暮らしていた。あの夜までは……」


「あの夜って?」


「忘れた」


「なんだよその話」


 クロウは口を閉じた。


 悲しく、苦しい記憶がクロウの脳裏をよぎっては消える。杖の先のこ瓶を見つめ長い息を吐く。


「ああああ……馬、買うべきだったぜ。前の町が滅んでいるのは誤算だったな」


「あぁ、腹減ったし」


「いや、水でしょ、そこは」


 二人は他愛もない会話の後、眠りについた。


 よく朝、またクロウを背負い歩き始めたスピード。用心棒も楽じゃない。


 半日たった。スピードの体力も限界に近い。


 目の前が朦朧としてきた。足が重い。古傷を抱える右足を引きずるように進んで行く。


 すると前に煙が立ち昇っている。


「町だ! ようやく隣りの宿場町についたぞ!」


 スピードが途端に走り始める。無限のスタミナ。厳しい修行の賜物だ。


 町に入った。しかしここもおかしい。夕飯を作る煙はたっているのにどの家も雨戸が閉まっているのだ。


「くそっ!」


 スピードが手当たり次第に雨戸を叩いていく。


「誰かいませんかー!誰か!」


 どの家からも反応がない。


「幽霊の町かよ……」


 クロウの元に戻りへたり込む。その時、大事な事を思い出す。


「水ぐらいあるだろう」


 四辻を見て回ると、あった!枯れてない井戸が。


 とりあえず自分が水をがぶ飲みし、水筒いっぱいに水を入れクロウに与える。


「ほれ、水だ。死ぬな」


 強引にクロウの口の中に水を流し込むスピード。クロウは突然の事に水を咳こみながら全部吐き出す。


「あ、もったいねー」


「いきなりすぎるわ!」


 スピードの手から水筒をひったくり、ゆっくりと水を飲むクロウ。一息つくと「ありがとな」と礼を言う。


「しかし妙な町だぜ。人の気配はするのに出てきやしねぇ。よそもんを警戒してるのかな。でもよーここ、本来宿場町だぞ。旅人泊めなくてどうするよ」


 日が暮れた。薄明かりの中に人が近づく影が。


「お〜い、こっちだこっち!」


 それは一人の老婆だった。


 老婆がパンを二つ渡しながら言う。


「今日はよいやみの九の日。あんたがた、はようこの町から逃げやんせ」


「なぜ」


「いいけ、逃げやんせ」


 納得いかない二人。立ち上がろうにも疲労が積もり立てない。


 2時間もそうしていただろうか、大通りの中をずるずるいう低い音が聞こえてくる。


 スピードが大通りへ出ると、一匹の地ずり龍が這いながらこちらへ近づいてきているではないか!


「うーわ、絶体絶命だぜ!」


 クロウの所へとって返し、立ち上がるように催促する。


「龍は人間の味方だよ」


「なわけねーだろ! 早く立て」


「ここで死ぬんだよ。運命だ」


「ごたくはいいから立ち上がれ!」


 クロウが立ち上がる。


「ふた手に別れるぞ」


 二人は別々の路地裏に避難し、龍が通り過ぎるのを待つ。


 時間がたつのが遅い。早くいけ!と念じながら退避していると、龍がスピードの潜む路地裏の前でピタリと止まる。


「ひー!」








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