第9話「先生の逆襲プログラム」
「……君、変わったね」
模試の翌週、個人面談室。
咲は机越しにレンの顔をじっと見つめながら、柔らかく言った。
「え……な、何がですか?」
「前はもっと、“目”が落ち着かなかった。視線が泳いでいたの。
でも、模試のときは、ずっと問題を真正面から見てた。……私、あれ、見てたから」
(やっぱり見られてたか……)
レンは苦笑いを浮かべながらも、心のどこかでほっとしていた。
咎められなかったことが、ではない。
自分の“選択”を誰かが見届けてくれたことが、何よりも救いだった。
「先生……あの、ありがとう」
「私じゃないわ。選んだのは、君よ」
咲はそう言って、少しだけ目を細めた。
その日の午後、咲は研究棟の会議室にいた。
大学のAI研究室との共同プロジェクトとして、入試における不正行為への対策を研究している。
「今年、すでに複数の掲示板で“AIカンニング代行”の投稿が急増しています」
「中には、受験生を装って問題を撮影し、外部でAIに解かせて戻すという高度な手口も」
咲は、全国の試験監督官の協議資料をスライドで提示していた。
「このままでは、“本物の努力”が見えにくくなります。
AIの進歩は止まりません。だからこそ、“AIで不正を防ぐ”ことが、今求められています」
ざわめく会議室の中、咲が提示したのは新しいプロトタイプだった。
Project MIRAI(ミライ)
-Multiple Integrated Recognition AI-
「このシステムは、《ALIS》の後継として、カンニング検知AIに特化したものです。
視線・筆記・瞬目・ペン圧・呼吸・体温・心拍。あらゆる生体データを複合的に分析し、“人間らしい思考の流れ”から逸脱した挙動を瞬時に察知します」
開発に協力している大学院生たちが、咲の説明にうなずいた。
「テスト済みの匿名映像で検証したところ、“Shadow”と呼ばれるツールの使用者の動きと99%一致しました」
(Shadow……ついに、名指しで出てきた)
その夜、レンのスマホに一通の通知が届いた。
《【重要】Shadow-X 新バージョン リリース》
「本番模試対応/MIRAI監視対策済/ディープフェイク読み上げ実装」
(……MIRAIの名前、もうバレてるのか)
レンは動揺した。
ただの掲示板の裏ツールじゃなかった。
相手は、AIの監視すら“逆手に取る”ようなアルゴリズムで進化を続けている。
そのとき、ふと思い出した。
あの掲示板で最初に《Shadow》を教えてくれた存在──
「GhostCoder」と名乗っていた人物。
レンは過去のログを辿り、DMの履歴を開いた。
そこに、新しいメッセージが届いていた。
「君、最近使ってないね」
「教師に監視されてると、やりにくいか」
「でもさ、“自由に学ぶ”って、もっと闇深いことなんだよ?」
不意に、背筋がゾクリとした。
(こいつ……誰なんだ?)
GhostCoderは人間なのか、それとも自動生成されたAIなのか。
その境界線さえ、今となっては曖昧だった。
だが確かなのは、“奴らは進化している”という事実だった。
その翌日、咲は静かに校内メールを開き、ある通知を打った。
件名:
【重要】生徒用端末からの掲示板アクセスの監視強化について
本文:
AIによる不正使用の傾向が報告されています。
今後、掲示板/匿名SNS/共有ノートサービス等へのアクセス履歴を、校内端末使用に限りモニタリング対象とします。
咲の目は、穏やかで、そして揺るぎなかった。
「あなたたちの未来は、AIの上にあるもの。
でも、“その土台を不正で汚す”ことは、絶対に許さない」
教師であり、研究者であり、ひとりの“大人”としての強い意志が、そこにはあった。
その夜、レンはノートPCに向かって、こう記した。
【研究メモ】
「AIの限界と、AIに倫理は教えられるか」
「“人間らしさ”とは何か。ルールではなく、選択の連続ではないか」
もしかしたら、あのとき咲が“問いたださなかった”のは、
自分が“問い始める”ことを待っていたからかもしれない。
レンの中で、戦いの軸が変わろうとしていた。
Shadowに頼るかどうかではなく、
「どう生きるか」を、自分で定義できるかどうか――。
その選択の先に、本当の自由があると、ようやく気づき始めていた。
▶次回:第10話「模試決戦前夜」
AI、教師、匿名の影、そしてレン。全員が“次の一手”を準備する中で、運命の模試本番が近づく――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます