第3話
ここは火星の極。南北はまだない。
『いや、ありますよ。こちらは北きょくです』
あるらしい。
作業用宇宙服の中バイザーの下に居る緑のディスプレイが教えてくれた。ミドさんは物知りだ。
『せい年は本当にむ知ですね。そんなだからこんな仕ごとに応ぼしちゃうんですよ』
今日も磁石を満載したモビリティトレーラ八式を引いて穴に向かう。
引きずる砂の量が以前の半分以下になって随分と楽になっていた。作業効率も5%程度良くなったそうだ。
八式のアイデアは他の太陽炉にも展開されたとミドさんが言っていた。なんと会社から実用新案の使用料も入るらしい。
政府も一枚かんだバカみたいにでかい会社だ、結構な金になるかもしれない。
金使う場所なんて火星にはないんだけどな。
「本当なんでこんな仕事やってるんだろうな」
自動的に作られた磁石を穴に放り込むまでのラスト3マイル。それを運ぶ簡単なお仕事。ただし火星で。
すでに半年こんなことを続けている。
「3年って思って来てみればあと5年、先は長いな」
『ちゃんと書いてあったはずですよ、げん地時かんって。けい約しょサインするときにも、せつ明されたはずですよ』
ミドさんの言う通りなのだが、
「火星の一年がこんなに長いとは知らなかったんだよ」
火星の一年が六百日を超える事はミドさんに教えてもらうまで知らなかった。
「現地時間って文字も、あんなに小さかったら読み飛ばすって」
教えてもらって見直した契約書には、2ptくらいしかないのでは? という大きさのの文字で確かに ”※現地時間” と書かれていた。
幸い月収制だったから良かったが、年収制だったらもっと酷いことになっていただろう。
『では、よんでても変わらないのでは?』
その通り、その通りなんだが、
「さすがに狡くないか、3年って言われたら地球の365日の3倍で、えーっと」
暗算できずにいるとディスプレイが一回点滅して、『1095日(うるう年ふくめず)』と、ミドさんが助け舟を出してくれた。
「と、思うだろ普通。それが火星の3年って、ミドさん」
『2061日』「と、ほぼ倍じゃねえか。狙ってるだろそういう勘違い」
俺は別にミドさんに怒っている訳ではない。かと言って過去の自分に怒っている訳でも、会社のやり方に対して怒っている訳でもない。
そのどれにもぶつけられない不満が口をついているだけだ。要するに子供がぐずってるのと変わりない。
『たしかにねらってますけど、それに引っかかった人はせい年が初めてですよ』
え、そうなの。
『せい年はあと、たった2年と15か月じゃないですか。私なんか永久しゅうしょくですよ。HAHAHAAA』
何かお互いを慰めあうような雰囲気になり、俺のため息とミドさんの『Fuuuu』がシンクロした所で、この話題は終わった。
この日ポイントは貰えなかったが、『もうすぐ秋だから、もう食べちゃいましょう』ということで夕食にプリンが出た。
火星幼年期の初めごろ メンボウ @MenBow
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。火星幼年期の初めごろの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます