才能が可視化されたこの世界はどうやら生き地獄のようだ

夕雲

第1話 何も成せない男

『リーーーーーーチ!』

「よしっ行けっ!行けっ…!滑るな!」


 銀玉が弾かれる音が交差する、夢が溢れ帰る場所。

 そこで俺、野上泰進のがみたいしん家賃なけなしの金を夢に託した結果を祈るように眺めていた。


「頼むぞ……ラストチャンスっ……!」


 ピロッと音がする。

 目の前の数字は6 5 6。祈りは何も届くことは無かった。


「っ……ンだよクソッ!外れんなら期待させんじゃねーよ!しょーもねぇ!ゴミ!クソ台!遠隔!」


 ハッと我に帰る。

 思わず叫んでしまった。

 周囲の視線が刺さってくる。

「何を喚いているんだこいつは」「うるさいから他所へいけ」「負けたならとっとと出ていけよ」

 そんな視線だ。負け犬を見るような、憐れむような、馬鹿にするような、見下すような、そんな視線。


 ここで睨み返して「何見てるんだよ!」等と啖呵を切れたりするほど俺の感情は揺さぶられていない。

 だからこそ、情けないことで注目を浴びている今の状況がたまらなく恥ずかしかった。


「…!」


 荷物を持ち、持ち玉の整理もせずに逃げるように走って店を出る。


「あー……っもう……!」


 店から少し離れた所まで逃げ、思わず顔を抑えてしゃがみこんでしまう。

 道行く人はきっと俺に奇異の目を向けているのだろう。でも振り返ってそれを俺が確定させなければ恥にはならない。何故かそんな気がして立ち上がる気が起きない。


 涙が出てきそうだった。恥ずかしさ、情けなさ、漠然とした怒り、それをぶつける度胸もない自分……色々な負の何かが渦混じり何もかもが嫌になる。


「あのー大丈夫ですか?」


 誰かが話しかけてきた。

 うるせぇよ落ち込んでんだよ見てわかれよほっとけよ。


「具合悪いんですか?救急車呼びましょうか」


 ウザイウザイウザイウザイウザイウザイウザイ。善人ぶってんじゃねーよ偽善者が。キモいんだよ。周りから良い人に見られたいからって俺をポイント稼ぎに使うなよ。どうせこういう奴ほど匿名掲示板とかで誰かを叩くことを生きがいにしてるんだ。


 ザワザワと周囲から声がしてきた。

 野次馬だ。

 こいつのせいだ。こいつが話しかけてきたから俺が注目を浴びる羽目になったんだ。

 あーそうですよ俺は底辺ですよ。満足かよクソ野次馬共。せいぜいそうやって見下すことしかできない癖に。憐れな底辺だって決めつけんな。


「ッチ……」


 軽く舌打ちをして立ち上がる。

 俺は不機嫌なんだよどっかいけ。


「大丈夫ですか?具合が悪いなら座っておいた方がいいと思いますよ」

「あっ……ッス、大丈夫なんで……」


 なんだよクソッ!舌打ちしただろ聞こえてなかったのかよ!お前が救急車で耳の手術でもしてもらえ!

 そんなことを思いながらその場を足早に逃げるように去っていく。

 周囲からは

「なんか大丈夫そうだって」「人騒がせだな」「良かったわねぇ」

 そんな声が聞こえてきていた。




 どうしようもないイラつきが止まらない。

 早足のままコンビニに入りタバコを買う。


「アメスプで」

「はい?」

「アメスプ!8ミリ!」

「タバコですか?申し訳ありません、番号で言っていただいてもよろしいでしょうか」


 なんだよコイツ、バイトか?見た感じ高校生くらいだ。タバコの銘柄くらい覚えとけよ。店長もそんくらい教えとけ。

 コイツが俺にアメスプ渡さない限り俺はどかねぇからな。




「ん"ん"っ」


 後ろで咳払いする声が聞こえた。

 振り返ってみると、3人くらいレジを待っている客が並んでいる。

 咳き込んだのは一番前のジジイだ。なんだよ俺が悪いって言いたいのか?悪いのはバイトだろうが。


 ……………。


「……123番」

「123番ですね」


 店員は後ろの棚から取り出して「こちらでよろしいでしょうか?」なんて事を聞いてくる。

 123番って言っただろ。お前も復唱しておいてこちらでよろしいでしょうかなんて聞いてくるな。それに決まってんだろ。


 金を払い、タバコを受け取り乱暴にポケットにいれてコンビニを出た。

 背後で聞こえてくる「お待たせしました」という声に苛立ちを覚えながら。



 喫煙所に入り、買ったタバコに火をつける。

 近頃は路上喫煙を禁止していったせいで喫煙者こんな肩身の狭い思いをせざるを得ない。


「…………マジでどうしようかな」


 煙をふかしてもの思いにふける。

 家賃なけなしの金を使ってしまった。

 大家のクソに追い出されたって文句を言えない状況になっている。




「なんで…こんな事になってんだっけ」


 いつからこんな人生になったんだろう。

 いや、いつからなんて決まってる。だ。



 『』。


 生まれた時から1年周期で実施されるこの診断。

 なんでも遺伝子や身体情報からというものを発見し、人生をより良くしていこうというものだ。

 生まれてから12年間診断を続けていき、その後にというものが政府から発行される。




 本当にクソったれの制度だと思う。




 俺が発行された最も優れた才能は『足の速さ』だった。



 今でも覚えている。才能証明書が家に届いた時の心臓の鼓動の音と不安感、そして期待感。

 小学校から中学生になる時に発覚する才能なんだ。そんなもの夢を見るに決まっている。

 頭が良い才能だったら勉強を頑張ろう。スポーツが上手い才能だったらその部活に取り組もう。ゲームの才能とかなら配信者なんていうのもいいな。喧嘩が強い才能とかならヤンキー達を倒して裏番長とかになってやるんだ。

 発行書が届く前日までそんな妄想をしていた。


 そして届いた日。らしくもなく早起きまでして届いた封筒を破りながら発行書を確認した。

 目に映ったのは『駿足の才能』という文字。

 意味を急いでネットで調べ、要は足が速い才能だということを理解した。

 はっきり言って、嬉しかった。

 地味だなとは少しは思ったが、それ以前に心のどこかでどうしようもなくくだらない才能が一番だったらどうしようなんてことを不安がっていたものだから。

 中学に入ったら陸上部に入る事をその場で決意した。入部前どころか中学に入学する前から靴を買ってもらい手入れをして、トレーニングもした。


 そして中学に入り、即入部。

 一年生の身体能力テストで、俺の凄さをやる。

 そんなことを考えていた。










 









 俺よりもはるかに速く走る者。

 俺よりも圧倒的に持久力がある者。

 俺よりも断然跳躍力のある者。

 俺よりも格段に筋力がある者。

 俺よりも、俺よりも、俺よりも…………。




 俺が持っている才能の中で最も優れている俺の才能は、じゃ別にずば抜けて素晴らしい才能じゃなかった。




 先輩や先生が楽しそうにそいつらと談笑している横で、俺は涙を堪えながら自分の記録が書かれた紙を眺めていた。



 翌日、俺は陸上部を辞めた。

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