戦国乱世を駆ける覇者

もりりん

命を継ぐ者、誕生

第1話 日織の選

西暦2549年4月3日、日本列島。


青空の下、桜の花びらが血のように舞っていた。

だがその光景を見上げる者はいない。

──見る目も、感じる心も、この国から消えかけていた。


東京第三区、旧・渋谷。

かつて人で溢れ返っていた街に、今、人影はない。

ただ、動き続けるのは「機械」だけ。


警察型ロボットが無機質な足音を響かせ、救助型ロボットが優しい声で誰かに語りかける。

だがその“誰か”は、もうこの世にいない。


「負傷者を確認……体温検知中──ERROR:値が異常です」

「大丈夫ですか? お名前を教えてください」

「お怪我はありませんか? 安心してください、すぐに救護班が到着します──ERROR:救護班応答なし」

「お願い……目を開けて……!」


ロボットが呼びかける先には、倒れたままの母と子、炎に焼かれた男、血を流して崩れた群衆。

骸となった“人々”に、彼らは懸命に蘇生措置を続けていた。


その異様な光景を、ひとりの少年が見つめていた。


天城出雲(あまぎ いずも)

十四歳、中学三年生。

渋谷近くに暮らす、平凡な家庭のひとり息子。


つい数時間前まで、彼はいつも通り学校にいた。

朝のHR、廊下の笑い声、昼休みの弁当の匂い──すべてが、いつもと同じだった。

だが、昼過ぎ。異変は突然、そして容赦なく襲いかかった。


咳き込み、鼻血を出して倒れる友達たち。

教師が床に崩れ、机の下で泣き叫ぶ声。

彼の周囲から、ひとり、またひとりと命が消えていった。


保健室も、職員室も、屋上も……

最後には、教室や廊下を埋め尽くす遺体の山。

──気づけば、出雲以外の全員が死んでいた。


なぜ自分だけが生きているのか。

答えはなかった。ただ、歩くしかなかった。

“生きている”誰かを探してひたすらに歩いていた。


渋谷の街に出た彼は、そこにも同じ静寂が広がっているのを見た。

死の静寂、そして、動き続ける機械だけの街。


大型ビジョンには、報道番組の最後の映像が静止している。

キャスターの驚愕した顔、スタジオの隅に倒れたスタッフの影。

誰も何も伝えられず、テレビは沈黙したまま。


それでも──ロボットたちは“動いて”いた。

蘇生処置、声かけ、AED、心臓マッサージ。

永遠に戻らぬ命を前に、彼らだけが“日常”を繰り返している。


「負傷者反応あり──蘇生手順に移行します」

「不審者を発見。あなたは……生きていますか?」

「照合中……データベースに該当なし。分類:未確認個体」

「指示を仰ぎます。指示系統……応答なし」


やがて、ロボット同士が命令の矛盾に混乱し、行動が停止しはじめた。

一部は暴走に近い状態に陥り──そのうちのひとつ、警察型ロボットが遺体に銃口を向ける。


「動かぬ対象……敵性と判断。排除行動を選択──3、2……」


「やめろっ!!」


出雲は咄嗟に飛び出し、死体の上に覆いかぶさった。


──その瞬間、世界が静止した。


警察型ロボットの引き金が落ちる寸前、空気が震え、空が裂けるような音が鳴り響いた。


光。


それは太陽よりもまばゆく、そして厳かだった。

渋谷の空に、巨大な光輪が浮かび、一柱の存在が降臨する。


白銀の髪、金色の瞳、神々しき天衣、手には一面の鏡。

その姿は、かの神――


天照大御神(あまてらす おおみかみ)。


ロボットたちは沈黙し、頭を下げ、まるで神の前に跪くように動作を停止した。


「……その命、護りたきものなり」


その声は、音ではなかった。

出雲の心に直接語りかける、“言霊”だった。


出雲は恐る恐る顔を上げる。

そこに立つ存在の荘厳さに圧倒されながら、ただ涙があふれた。


「天城出雲──汝は選ばれし者なり。

運命を持った祈りの民、“ 日織の選(ひおりのえらび)”」


天照が手をかざすと、出雲の首に淡い光の紋様が浮かび上がる。

それはただ一つの意味を持っていた。彼が“選ばれし者”であるという証。


「1000年に一度、“ 日織の選”は現れ、私はその都度、力を解き放ってきた。

534年の欽明。1534年の織田信長。そして2534年の天城出雲──

汝こそ、千年の輪廻において三柱目の継承者なり」


出雲の意識に、光と共に記憶が流れ込む──



**記憶の奔流**


紀元前466年。

天照、この地に生まれる。千年を費やし力を蓄え、ある“使命”を託す民を生み出す。


534年。

後の欽明天皇、誕生。初代、日織の選。天照は初めてその力を解き放ち、邪馬台国を滅ぼす力を与え“日本”の礎を築いた。


1534年。

日織の選 織田信長、誕生。日本を統一する使命を帯びながらも、志半ばで倒れる。


2534年。

出雲、誕生。3代目の日織の選。日本滅亡の地獄に生き残る唯一の少年。再び力が集い、運命の扉が開かれる。


天照は語る。


「この惨劇をもたらしたのは──ゴルドメギア帝国。

その王、ラザルヴィンは、“契約の箱”を奪いし者の末裔」


その瞳に、怒りが宿る。


「1312年。テンプル騎士団が粛清された夜、

彼らは“契約の箱”を奪い、そこに記された知識により金融の根幹を支配した。

世界の通貨発行権を持つ五つの銀行を掌握し、

そのすべてを裏から統べる者――それがラザルヴィン家」


「そして今、奴らは“ネメシス・コード”と呼ばれる殺人ウィルスで日本を滅ぼし、

生き残った者たちを“上級”と“奴隷”に選別し、

心のあり方さえスコアで管理し、呼吸の価値すら数字で決まる。

人はもはや“生きる者”ではなく、“使われる資源”として仕分けされているのだ」


出雲は、鏡に映る自分の瞳を見つめた。

まだ信じられなかった。

ただの中学生だった。勉強も運動も並で、ゲームが好きで、放課後に友達と笑い合っていた。

それなのに、今──この日本に一人きり。


焼きついた光景が頭を離れない。

動かない母の姿。死体で埋め尽くされた教室。笑っていたはずの友達の、静かな顔。


「……もう、誰もいない世界なんて……冗談じゃない」

声は震えていたが、その奥には確かな怒りが宿っていた。


「俺が……取り戻す。

ラザルヴィンも、この狂った未来も──絶対に終わらせる」


天照は静かに頷いた。

その瞳には、神にも似ぬ深い悲しみが浮かんでいた。


「……本当は、こんな運命を託すことなど、したくはなかった。

だが、最後の希望が、汝だけなのだ」


「汝には、二つの使命がある。

一つは、過去の日本――1560年に戻り、かつて果たされなかった“日本の統一”を成すこと。

そして強い日本を作りラザルヴィン家の血を、完全に絶やすこと。

その時、汝は“未来”そのものを取り戻す」


空に浮かぶ鏡が、静かに降りてくる。


「この鏡に、誓え。

汝の使命は、世界を取り戻すこと。

数ではなく、“祈り”でつながる世界を、再び築くこと」


そして、出雲が鏡に手を触れた瞬間──


その身体に紋様が走り、金色の光が駆け巡る。

その身に、世界の“真実”が流れ込んでいく。


──“ 日織の選”という名。

何故自分だけが生き残ったのか?

“ 日織の選”とは何なのか?どんな使命と運命を持っているのか?


──日本統一に必要な二つ

──織田信長が失敗した理由、足りないもの

──ラザルヴィン家を探し出す方法と隠された禁忌の真実


最後に、天照が微笑む。


「ゆけ、汝には我が力を与える。

千年の闇を断ち切り、いまこそ、歴史を取り戻せ──

そして、祈りのある未来を紡ぐのだ」





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