第4話「論破女王、ふたたび!MARCHのカリスマ」

「ふぅん、理屈で詰められたら、珍回答で逃げるスタイル? 面白いじゃない」


姿を現したのは、完璧な巻き髪にハイヒール、そして空間すら従わせるようなオーラを放つ女子。

視線ひとつで黙らせられそうな威圧感。なのに笑顔は涼やか。まさに“高学歴女王”。


名札にはこうある。


神宮寺 麗(じんぐうじ・うらら)

偏差値:60

大学:桜嶺女子大学(MARCH)

肩書:ミス桜嶺、就活模擬面接評価Sランク保持者


「あなた、面白いわね。偏差値37でそこまで頑張るなんて。Fランの皮かぶった野犬ってとこ?」


「よくそんなスムーズに失礼な言い回し出てくるよな……」


「論破って、気品と殺意の両立なのよ」


そう言って、彼女は指を鳴らした。


【スキル発動:《議論支配(アーギュメント・ドミナンス)》】


世界が一変。

高層ビルの一室のような会議室。革張りの椅子、ホワイトボード、精緻なアジェンダが机に並ぶ。


「この空間では、私が議論の論点を設定できる。そして、あなたの意見は自動的に“補足意見”として格下評価されるわ」


「もう勝負ついてない? これ」


【偏差値差:23】【Complex Boost:+230%】


力はあるはずなのに、言葉が響かない。話せば話すほど、“彼女の主張の補助”扱いにされる。


「議題を設定するわ。“Fラン大学が社会に与えるコストについて”」


「なんだその喧嘩売る気満々のテーマ!」


「喧嘩じゃないわ。事実よ。あなたが自覚すべきこと。……では、意見をどうぞ?」


(くそっ……何を言っても“下位互換”にされる……!)


「えっと、Fランでも、個性とか、実地経験とか……」


「補足意見、了解。つまり“他に強みがない”という認識ね」


「ぐっ……いや違――」


「いいえ、あなたの発言が“否定の枠内”に収まった時点で、私の肯定が“正”になるの。論破とは、構造よ」


「…………」


(完全に空気を取られてる……論破じゃない、これは“独裁”だ)


「続いて、第二議題。“MARCH卒の女子が、なぜ民間企業から重宝されるのか”」


「そりゃお前の大学が有名だし、就活向きの見た目してるし、あと顔が――」


「――つまり、“学歴と外見のバランスが良い”という点を、Fラン男子から見ても認めざるを得ないと」


バシィィン!


議事ボードに“+評価追加”と表示される。


(やばい……このままじゃ、押し潰される……!)


ぐらりと足がふらついた。


「あなたの中には“勝ちたい”というより、“否定されたくない”って感情しかないのね。まるで――」


「“自分の存在価値を証明しようとしてるだけの子犬”よ」


「…………!」


頭が真っ白になった。言葉が出ない。


そして、そのときだった。


――脳裏に、ひとつの声がよみがえった。


「バカでもいい、ただし“自分をわかってるバカ”になれ」


……あれは、高校時代の担任・中嶋先生の言葉だった。

いつも寝てばかりの俺に、放課後の職員室で言った。


「人は学力がないだけで自信も無くす。でもな、強い奴ってのは、自分がどれだけ“何もないか”をちゃんと知ってるやつなんだ」

「“自分には何もない”を、誤魔化さない奴。それが、伸びる奴だ」


(……あれか)


今の俺は、負けたくないあまり、“自分の空っぽ”から逃げてた。


神宮寺みたいな完璧系に対して、“理解されたい”って思ってた。

でもそんなの、届くわけない。だからこそ――


「なに? 言い返せないの?」


「いや、ちょっと気づいた」


「……気づいた?」


俺は深く息を吸い、静かに言葉を紡いだ。


「俺さ……お前みたいな“正しすぎる人間”が苦手だった。論理的で、合理的で、正論ばっか言って、全部“整ってるように見える”」


「それ、誉め言葉として受け取るわね?」


「でもさ――お前、それ、本当に自分の言葉で話してるか?」


神宮寺の目が、かすかに揺れた。


「お前の言葉ってさ、“誰かにとって都合のいい正しさ”ばっかりなんだよ。“企業ウケする女”ってやつ」


「……なにが言いたいの?」


「お前、自分が傷つかない言葉しか使ってない。自分が“間違う可能性”から、全力で逃げてる」


ホワイトボードがかすかに振動する。


「俺はFランで、間違いだらけの人生だ。でもそのぶん、間違うことに耐性がある。お前は“絶対に間違いたくない”って、背筋に書いてあるぞ」


「……やめなさい」


「なあ――お前さ、自分が早慶に落ちた理由、ちゃんと認めてるか?」


「………………ッ」


バキィッ!!!


ホワイトボードにひびが走った。議題が揺れ、空間が歪む。


【論点再定義:承認】

【議論支配スキル:無効化】


「議題は変更だ。“学歴と自尊心の関係について”――俺が、今から話す」


「……ふざけないで!!」


「俺は、ずっと恥ずかしかった。“あの大学か……”って言われるのが怖くて、バイト先で大学名も言えなかった。でも今は違う。Fランがどうした。劣等感ごと、正面からぶつかってやるよ!」


バシィィィン!!


空間が砕ける。論破女王の“完璧な世界”が、崩れていく。


「わたしが……議論で、負ける……?」


バシュウッ!!


《神宮寺 麗、失格》


《偏差値:60 → 脱落》


《敗北理由:自己否定を論点にされたことで議論支配を失い、自壊》


……勝った。

Fラン代表として、ちゃんと“話して”勝った。


周囲が静まり返る中、俺はぽつりとつぶやく。


「……俺、自分の空っぽさから、逃げないって決めたから」


誰に向けたでもないその言葉に、一部の観戦者が、わずかに頷いた気がした。


そして――次の影が、音もなく現れる。


「人は、なぜ学ぶのか。――その命題に、答えられるか?」


淡々とした声。無表情な男。推薦で入学したという噂の哲学者。

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