その5

 使(※第1話その1冒頭)。


 名前はずっと引き継がれている。

 孫式が不在になれば、次の者が孫式を名乗る。そうやって、孫式という小間使いは受け継がれてきた。


 水鶴の父、斗開はうぶな少年に孫式の名を与えてきた。そういう人物が一番、水鶴の元に送って安全だという判断だろう。

 実際、どの孫式も気づかいが上手く、少し色気を見せるだけで顔を赤くする共通点があった。


 その一方、厄介な共通点もあった。

 全員、異様に勘が鋭いのだ。

 最初は安玉芳という女が訪ねてきた時のことだ。水鶴が玉芳ののどを潰した仕掛けを、孫式はたちどころに見破ってしまった。彼は、「この問題を聞けば銀家の者も苦しむから」という理由で黙ることを水鶴に表明した。


 だが、水鶴は小間使いという存在を信用していない。暗殺者として修行をしていた時期に、小間使いの噂話から立場ある人間が転落する光景を何度も目にしてきたからだ。


 どんなに優しい少年であろうと、結局は小間使いなのだ。そういう人間の言葉を、水鶴は一切信じない。


 だから、果汁液に毒を混ぜて殺した。

 海燕を使いに走らせているあいだに死体を運び出し、浮浪者がたまっている路地に転がしてきた。それだけで充分だった。


 この一件で水鶴は覚悟した。

 これからも東江楼を――月凛を脅かす存在が現れ、その場に次の孫式が立ち合う時があるかもしれない。その時の孫式が同じように鋭い人物かもしれない。また、殺すことになるかもしれない。


 そのために水鶴は少しずつ備えを増やしていった。

 まず、死体を運び出すとき楽になるよう解体するための大きなハサミ。これは景嵐の実家である鍛冶屋で作ってもらった。


 続いて、死臭をかき消すための匂いの強い花。北嶺百合が条件に合っていたので江若に買ってもらい、部屋に置いた。


 セーロが滅んだ時には、居住区近くの湖で肉食魚が見つかったと聞いてすぐに取り寄せた。この部屋に棲む二匹が、解体した腕や足の肉を食ってくれる。二匹の食欲はすさまじく、予想を遙かに上回る成果を出した。人体の一部を入れておけば、数時間で見事に骨だけにしてくれるのだ。これにより死体の搬出はさらに容易になった。水鶴の魚に影響されて、月凛がナマズを飼い始めたことはとても嬉しかった。それだけに、青雅に殺されてしまったのはつくづく残念であった。


 東江楼は夫人たちの部屋が隣接していない。箱のような造りで壁と壁が離れているため、骨を断ち切るような作業をしても隣部屋の景嵐に聞かれることはないのだ。


 銀家は、孫式が帰ってこなくてもさほど気にしていない。

 少年の一人旅だ。禁軍がセーロに手を焼いている隙を見て、便乗した賊が暁国では跋扈している。そうした存在に道中で襲われ、殺されることは充分予想できることだった。


 また、小間使いが厳しい仕事に耐え切れず脱走するのもよくある話だ。

 ゆえに、猶予を含めた期日までに孫式が帰ってこなければ、斗開は次の孫式を選んでここに送り込んでくるだけだった。この事実は江若や夫人たちに伝えてある。水鶴の様子を見に来る小間使いは、顔が違ってもみんな孫式である、というのは東江楼の常識となっている。


 水鶴が事を起こしたのは、おととしの八月と十月、去年の三月、五月、七月、九月、そして年が明けた今日。二ヶ月連続で行動を起こしたことはなく、新しい孫式がすでに一度は東江楼に挨拶をしている。


 次の孫式と認識されている彼らは誰からも疑われることなく現場に居合わせることができた。

 立場は全員同じなのに、どういうわけか全員に水鶴の仕掛けは見破られた。


 ……わたしは人間関係に関しては不器用。お父様は親切のつもりで、気の利く男の子を選んでいるんでしょうね。


 その結果、勘の鋭い少年ばかりが水鶴の元にやってきた。

 斗開は新しい孫式に毎回「娘が粗相を働かないか不安だ」と話しているから、どの孫式もいちいち水鶴の立場を心配した。だが、余計なお世話だ。


 同じように教育されても多少は性格が違うようで、ほとんどの孫式は抱きつくと真っ赤になって慌てていたが、月見舟事件の孫式のように、黙っているから抱きしめろとねだってくる場合もあった。


 景嵐をインコで驚かせたように、事件としては小さいものもあった。だがどこから愛する月凛に話が漏れるかわからない。小間使いは掃いて捨てるほどいるのだから、口を封じておくに越したことはない。


 


 孫式を排除することに、水鶴は一度も迷ったことがない。


 ――真実を知っている者は消す。


 暗殺者としては当然の判断である。


 ……また解体しなきゃいけないのね。早いところ片づけてしまいましょう。


 水鶴は、息絶えた孫式を部屋の隅に仰向けに置いた。

 それから静かに、ハサミを取り出す。骨を断ち切れるほど強靱なハサミを。

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