その6

「水鶴、あなたはいつも慌てすぎよ。こういうことは時間をかけてやるべきなの」

「ですが、我慢できません……」

「もう、困った子ね」


 五月の暖かい夜。水鶴は月凛の部屋にいた。寝台に押し倒した月凛の胸に、水鶴は触れている。手を広げれば少し余るくらいの大きさ。それも、江若の大きな手には収まってしまうのだろう。水鶴も同じようなものだ。


「ホウラがいなくなって安心しました。もう、邪魔されることはないのですね」


 セーロの少年がいるあいだ、二人の時間を作ることができなかった。ホウラにはどこから見ているかわからないような怖さがあったのだ。


「あの子には悪いけれど、早々に首を吊ってしまったのはいいことだったのかもしれないわ」

「月凛様がそのようなことをおっしゃるのは珍しいですね。何かあったのですか」


 水鶴は月凛に覆いかぶさり、訊く。


「なぜ、ホウラが私に懐いたのか理由を聞いたのよ」

「奴はなんと」

「セーロの集落にね、私によく似た女がいたんですって」

「やはり。その可能性について考えておりました。あの懐き具合は異常だった」


 以前感じた疑念は当たっていた。


「セーロの掟は聞いた?」

「ええ。弱者は強者に従わなければならない……ですよね」

「よくできました。――私に似た女は、集落の中でも虐げられていた家の娘だった。だからセーロの男たちは、寄ってたかってその女をなぶっていた」

「…………」


 水鶴の手が止まる。


「ホウラも、その女と何度も交わったそうよ。よくした、と言っていた」

「では、月凛様にずっとくっついていたのは、まさか体を狙っていたからだったのですか」

「そうみたいね。ホウラには、相手を屈服させたら立場が逆転するという認識があった。私を組み敷いたらあとは何をしてもいい。きっと本気でそう考えていたのね。過去の女のように、自分の思いのままに扱えると」


 無垢のような顔をして、そんな残虐なことを企んでいた。水鶴は慄然とさせられる。


 ……だったら、排除して正解だったわね。


 笑みが浮かびそうになるのを隠す。


「月凛様がホウラをこの部屋に招き入れた時はひやりとしました」

「外に雪羅を待機させておいて正解だったわ。誰もいなければあの場で襲われていたかもしれなかった」


 ふう、と月凛は深く息を吐き出す。


「ホウラが首を吊ったあと、劉兄様に文を送ったの。そしたら、乗り込んだ集落に私によく似た女がいて驚いたと返事をもらったわ。先頭で突入したから見つけられたわけね」

「その女はどうなったのでしょう」

「黎一位将軍の針葉弓しんようきゅう様が私邸に連れていったそうよ」


 禁軍は参謀部の下に四騎しき将軍が四人おり、その下に黎一位将軍が続く。一般将校の中では最上位の階級である。


「気になって針家に挨拶に行ったら、お料理の腕がいいから厨房で重宝されていたんですって。セーロでひどい目に遭っていたことに同情する針家の人もいて、小間使いとは思えないほどかわいがられているという話だったわ。だから、今まで不幸のどん底だった分をこれから取り返していくのではない? 私も、なんの関わりもないのにホッとしてしまったわ」

「……幸せになってほしいですね」

「ええ。それより、手が止まっているけれど、もういいの?」

「いえ、そんなわけありません。これからが本番です」

「あっ、いきなりつまんじゃ駄目よ。こら……駄目だってば……」


 水鶴の器用な指先は、月凛の二つの先端を巧みに責めた。正夫人の反論は、やがて甘い吐息に変わっていった。

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