その3
月凛は今日も黒を基調とした襦裙であった。月のような金色の髪飾りが黒髪によく映える。
「月凛様、ご一緒させていただいても?」
「いいわよ」
雪羅も合わせ、四人で門へ向かって歩いた。スラリとした男が海燕と話している。横にあるのは……狼の剥製であった。銀色の体毛が美しい。
「劉兄様、お久しぶりでございます」
「おう、ようやく休暇をもらえたのでな。手土産とともに来てみたのさ」
禁軍の将にしては細身に見えるが、上衣から覗く腕は筋肉が張っており、やはりただ者ではないと思わされる。
「セーロの討伐から離れてもよいのですか?」
「ああ、俺はずっと作戦にかかりきりでろくに休みももらえなかったんだ。今、奴らの攻勢が弱まっている。今のうちに休んでくれというのが上からのお達しだ」
「やはり手強いのですか?」
「そうだな。俺たちは奴らの領域で戦っている。平地なら戦力で勝る禁軍が圧倒的に有利なのだが、岩場だったり砂地だったり、とにかく大勢で入り込むと身動きの取れなくなる地形が多すぎる。そこをいいように叩かれてしまってな、情けないがあまり前進できていない状況だ」
劉双は正直に説明した。
「それで……これは?」
月凛は、狼の剥製に目を向ける。黒い目は死してなお輝いているように見え、圧力を感じる。犬にはとても出せない迫力だ。それだけに目立ち、通りかかる人も視線を向けてくる。
「これはセーロの領域で倒した狼だ。見張りの兵士を何度か食い殺してな、俺が組み討ちして倒した」
「さすが、劉兄様ですね」
あっさり言ってのけるが、この狼を単独で倒すなどとんでもない腕前だ。孫式は格の違いを思い知らされる。
「泰江若殿は派手なものがお好きだと聞いた。ならばこれはいい手土産になるのではないかと思ってな。……いないのか?」
「いえ、出てくるはずですが」
しばらく待っていると江若がやってきた。二人は手短に挨拶を交わす。
「ふうむ……素晴らしい剥製だ」
江若は狼の首の左側に触れる。体毛で隠れているが、少しめくると穴が見える。
「それは私がとどめを刺した時の傷ですな。最初から剥製にする目的で挑んだわけではないので、美しさには欠けるかもしれませぬが」
「いやいや、お見事。しかし、この目がどうも不気味だ。部屋に置いておくと落ち着かん気分になりそうで、私には合わん」
「おや、それは残念。では禁軍の本部にでも置くとするか……」
「劉兄様、わたくしがいただいてもよろしいでしょうか」
月凛が発言した。
「おお、お前がもらってくれるなら喜んでくれてやる。東江楼に置いてもらえるなら持ってきた甲斐もあるというものだしな」
「月凛、気に入ったのか」
「ええ、わたくしはこの目を美しいと思いました」
江若は鼻を鳴らした。自分のけなしたところを妻が褒めたので面白くないのだろう。
「待ってください、あたしも興味があります!」
後ろから早足で現れたのは景嵐だった。
「あたし、こういう動物の剥製は大好きなんです。できたら部屋にほしいなあ、なんて」
「……そうですか。では、景嵐さんがもらってください」
「いいんですか? 話し合って決めた方がすっきりすると思うんですが」
「いえ、ほしい方に渡るのが一番よいことですし、わたくしはけっこうです」
月凛は簡単に引いてしまった。劉双が「おいおい」と呆れたように言う。
「お前は相変わらず、すぐ人に譲ってしまうのだな。たまには我を押し通すこともしていいのだぞ? ほしいのならほしいと言うべきだ。話し合いで決めれば不満も残らん」
「いいのです。この狼も、好いてくれる方のところに置かれた方が幸せでしょう」
「中身が空っぽの剥製だ。何も思わんよ。それはお前が決め事を避けたいだけの言い訳であろう」
「そんなことはありません。これでいいのです」
「じゃあ、あたしがお部屋に置かせていただきますね! ありがとうございます!」
一度傾いた流れは戻らず、剥製は景嵐の部屋に置かれることが決まった。
「江若殿、我が妹はわきまえすぎていて面白味に欠けるのでは?」
「いやいや、月凛のおかげで東江楼はまとまっている。悪いこととは思わないな」
「劉兄様はわたくしのことを気にしすぎです。やりたいようにやっていますから、どうぞご心配なく」
「まあ……お前がいいなら、それでいいのだがな」
劉双はまだ何か言いたそうにしていたが、黙った。
「ところでどうかね、せっかくだから今宵は酒を酌み交わさないか、劉双将軍」
「おお、ありがたい。ぜひとも」
「決まりだな。海燕、この剥製を景嵐の部屋まで運んでくれ」
「待った、持ってきた者が最後まで運ぶべきです」
劉双は剥製を簡単に持ち上げた。細身からは想像もつかない腕力である。
「客人に運ばせるわけにはいかないのだが」
「まあまあ、ここは月凛の兄として責務をまっとうさせていただきたい」
江若はため息をついて月凛を見た。
「決めたことを譲らないところはよく似ているな。そういう意味では我が強いとも言える」
「わたくしは二人の兄を見て育ちましたので、それが基準になっているのです」
「景嵐、劉双殿を案内してやれ」
「はーい。こちらです!」
景嵐と劉双が西邸へ歩いていった。残った面々も、門番の海燕を残して邸内に引き返す。
月凛は何もなかったかのような顔をしているが、水鶴はさっきからずっと不機嫌そうな表情を崩さなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます