第16話 ミルクティとレモンティ
「ここは・・・?」
昨日,泊まった街から更にローカル線に乗って小一時間。
僕達は日本海に面した,寂れた港町にたどり着いた。
「・・・この街にね,君に会ってもらいたい人がいるんだ」
「会ってもらいたい人?」
「このまま逃避行を続けるにせよ,僕の覚悟を示そうと思ってさ」
「覚悟?」
「まあいいさ,会えば分かるよ。ここからタクシーに乗るよ」
「う,うん・・・」
駅前のタクシー乗り場には,1台しかタクシーは客待ちをしていなかった。
「・・・診療所?」
「医院だよ。この街にはね,大きな病院はないから,みんなここに通うんだけど・・・」
「患者さん,あまりいなそうですね?」
「・・・そうだね」
二人で院内に入る。
「すみません。宗宮の息子です」
「あら?まあまあ,聡二君じゃない!久し振りね!」
受付にいた看護師兼医療事務のおばさんが破顔した。
昔からここに勤めている方で,檜山さんだったっけ?。
「覚えてて下さったんですね。ご無沙汰してます」
「2年ぶりくらいかしら。立派になったわねえ!?」
「すみません。なかなか来られずに」
「いいのよ。・・・えっと,そちらの可愛いお嬢さんは?」
「・・・彼女です」
人に紹介するのは初めてだな。
「は,はいっ,しゃ,しゃみやまどかと申しますっ!!」
「まどかさん,噛んでる噛んでる」
「だ,だって,聡二君,彼女って・・・」
「違うの?」
「違いませんっ!」
「あらあら」
檜山さんは愉快そうに笑った。
「・・・母の容体はどうですか?」
「・・・相変わらずよ」
「そうですか」
「・・・聡二君,会ってもらいたい人って!」
「・・・母さんだよ」
ベッドに横たわる母は,かなり痩せ細っていた。
「・・・大丈夫なんですか?」
「ええ,栄養は点滴で賄ってるけど・・・」
「意識はまだ戻らないんですね」
「そうなの,脳波はしっかりしてるから,植物状態ではないんだけど・・・」
「・・・聡二君」
まどかさんが震える手で,僕の腕を掴んだ。
「まどかさん,紹介するよ。僕の母の君枝」
「・・・お義母,様?」
「ああ。5年ほど寝たきりで,意識はないけどね・・・」
「・・・っ」
「母さん,この子が僕の彼女。笹宮まどかさん。可愛いでしょ?」
眼を閉じたままの母さんに,彼女を紹介する。
「・・・さ,笹宮,まどかです。そ,聡二君と,お付き合いさせて,いただいています」
まどかさんは震えながらお辞儀をした。
「まどかさん,手を握ってあげて」
「う,うん・・・」
まどかさんが点滴の針が刺さっていない方の手をそっと握った。
「5年前,父に捨てられた母さんは,この近くの崖から海に身投げしてさ・・・」
「え・・・?」
「近くを偶然通った漁船に救助されて,命だけは助かった」
「・・・っ」
「この街は母の実家があったところなんだ。もうないけどね。ここの院長さん,藤堂おじさんは母の父親,つまり僕の祖父と旧知の仲でさ。楢崎の家から隠すためにも,ここでずっと療養してるんだ。費用は,楢崎の祖父の顧問弁護士だった方が融通して下さってる」
「・・・そう,なんだ」
「身体はもう大丈夫なんだけど,意識だけは戻らなくて・・・」
「・・・うっ」
「戻らない,は違うかな?意識はあるらしい。脳波は正常なんだ。ただ,何というか,ずっと夢を見てるみたいな・・・。目覚めてないってのが正しいのかな?」
「・・・お義母様」
「調子のいいときは,経管栄養ってやつでなんとか栄養を取ってるんだけどね。点滴と併用してなんとか延命治療をしてる」
「・・・うっうっ」
「・・・まどかさんが泣くことではないよ?」
「だ,だって,聡二君のお母様なのよ!?私のお義母様なのよ!?」
「・・・そうだね。ごめん」
「・・・楢崎の家は,今は事業拡大に必死だから,ここまでは手は及んでない。というか,もう母は死んだと思ってる」
「・・・うん」
「でも,そろそろ僕の居場所もバレるだろう。そこからここにたどり着く可能性もある」
「・・・そうなの?」
「・・・だから,もう二度と会えないかも知れない」
「・・・!」
「桜さんは何か手を考えてくれてるようだけど,どうなるか分かんないしね・・・」
「真里花だって,私達だって,ただの高校生だもんね・・・」
「そうだね」
だから・・・。
「これが今生の別れになるかも知れない」
「聡二君!?」
「これが僕の覚悟だ」
「聡二,君・・・」
「もし僕の家の問題や,まどかさんの家の問題が片付かなかったら,どこか遠くへ逃げよう」
「・・・うん」
「誰も知らないところで,ひっそりと」
「・・・うん」
「・・・二人で」
「・・・うん!」
その後,院長の藤堂おじさんと話をした。
僕達の事情を話すと,もしもの時はできる限り力になってくれると約束して下さった。
僕は母方の祖父の顔を知らない。
この街にも,もう家はない。
僕達は待合室の自動販売機で,まどかさんはミルクティを,僕はレモンティを買って飲んだ。
帰る前に,もう一度母の寝顔を見て,僕達は医院を後にした。
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